【最終章 ピュアフォックス、いきます!】

 卒業式も近づいてきた二月のある日、放課後。プロレス同好会のメンバーたちは、練習前にこよりからあることを告げられた。

「外部から異種交流戦の申し込みがありました。相手は南ヶ関高校です」

「ナンコーかよ……!」

 浩太が呻くのも無理はない。

 蝶舞市立南ヶ関高等学校。通称南校(ナンコー)は蝶舞市南部に位置し、蝶舞市の中ではワルが通う高校として有名で、他校との軋轢も多い。北高とは中央駅を挟んで反対側に位置するため余り関わりはないが、駅周辺でカツアゲをされたという生徒も数多い。

「私個人の意見としては、受けたくありません。しかし、ここは会長の遥さんの意見を聞きたいと思います。遥さん、どうしますか?」

 こよりの問いかけに、遥は決意の表情で答える。

「……逃げたくない。南高じゃなくても、どこからの挑戦でも逃げたくない! 私、受けます」

 遥の瞳に、迷いはなかった。


 こよりが南高の責任者と連絡を取り合い、異種交流戦は次々週の日曜日に行われることとなった。対戦相手が南高だと知ったクラスメイトは止める者がほとんどだったが、遥の決心は変わらなかった。


「ねえ遥、ホントにするの? 相手は南高よ?」

 異種交流戦を一週間後に控えた土曜日の練習帰り、自転車を駅前に留め、香夏子は遥と街を歩いていた。ここ最近の遥の練習量は見ていて恐くなるほどで、息抜きにと「町のドーナツ屋さん」に誘ったのだ。

「香夏子、心配してくれるのは嬉しいけど、もう決めたから。相手にもやるって返事してるし、ここでやめちゃったら北高がバカにされちゃうよ!」

「うーん……そう言われればそうなんだけど。って遥なにしてるの!」

「ん? ちょっとね、新しい必殺技の練習」

 遥はガードレールの上に乗り、バランスを取りながら歩いている。しかも時折小さく跳ねている。

「危ないでしょ! 降りなさい! それにパンツ見えちゃうって!」

 北高の制服はスカートが少し短めで、高いところに上って小さくジャンプしている遥は下着が見えそうだ。現に通行人がちらちらと遥に視線を送っている。

「そう? そっか、ならズボン穿いてしようっと」

 そう言うと、遥は香夏子を促して帰宅した。香夏子の文句は聞き流し、異種交流戦のことしか頭にないようだった。


 瞬く間に南高との異種交流戦当日となった。

 南高に近づくにつれ、目つきが険しい同年代の者が多くなる。中には露骨に絡むような視線を投げてくる者もいる。

「遥、川崎くん、絶対に喧嘩しちゃ駄目よ。試合前に怪我したりしたら馬鹿らしいんだから」

「ん、わかってる」

 香夏子の小声に、遥が頷く。浩太は周りの視線など気にせず、どこ吹く風と真っ直ぐ歩いていく。視線を合わせないことでトラブルを事前に避けているのかもしれない。

 こよりは毅然とした態度で歩を進めているが、握った手が微かに震えている。小峯と木ノ上は思い切り目線を下げ、周りを見ようともしない。

 そんな小峯を見て、香夏子は小さくため息を吐いた。


「着きましたな」

 普段よりも一層猫背の木ノ上の言うとおり、そこが南高の正門だった。同好会メンバーを認めた男たちが近寄ってくる。

「これはこれは北高のプロレス同好会の皆さん、わざわざのおいでで」

 プロレス同好会を出迎えたのは、髪を茶髪に染めた軽薄そうなイケメンだった。その後ろに荒んだ顔つきの男たちが並んでいる。

「九条先輩……」

「あ、あいつら正月の!」

 香夏子、小峯、遥、浩太たちは南高の生徒の中に、自分の見知った顔を見つける。

「今日はとっておきの相手を用意したから、楽しんでいってくれ」

 九条は香夏子に視線を向けたまま、見る者を不快にさせる笑みを浮かべた。


 九条に案内され、南高に入ろうとしたプロレス同好会のメンバーの後ろに、多数の影が立った。

「よう、まさか南高で交流戦をするとは思わなかったぜ」

「ああっ! 先輩!」

 遥たちを呼び止めたのは北高柔道部の副主将、笹原だった。その後ろにはガタイの良い柔道部員たちもいる。

「ま、今日は番犬代わりだ。勝負が決まるまでは、南高の奴らに余計なチョッカイ掛けさせないようにするからな」

 九条たちを見ながらの言葉に、九条が露骨に舌打ちする。それでも文句をつけるようなことはせず、同好会一同を体育館へと案内した。


 体育館の中央にはプロレスのリングが設置され、その周りにはパイプ椅子がぎっしりと並べられている。そのほとんどが埋まっており、姿を現した遥たちに早く始めろと野次を飛ばす。

「皆もうお待ちかねだ。さっさと準備して入場してくれ」

 九条の言葉に頷きだけを返し、遥は香夏子とこよりと一緒に女子更衣室へと入っていった。その扉の前を北高の柔道部と浩太たちが固め、南高の生徒が近づかないように牽制する。

「なあ川崎」

 突然笹原が浩太に話しかける。

「なんすか?」

 一度ならず助けて貰った先輩だというのに、浩太の答えは素っ気なかった。

「前に俺が、頼みがあるって言ったの、覚えてるか?」

「ああ、言ってたっすね。あんときは教えてくれなかったでしょ?」

 体育祭の日、空手部の連中に袋叩きにされていた浩太を助けてくれたのは笹原だった。

「ずっと気になってたんすよ。頼みってなんすか?」

「それなんだけどな」

 なぜか笹原は黙り込み、鼻の頭を掻いた。一度大きく深呼吸してからのその「頼み」に、浩太は首を傾げ、次いで笑い出した。

「てめ、なに笑ってやがる!」

「すんません、でも、そんなことで躊躇してたなんて、笹原先輩も意外と純情だな、って」

「……で、どうなんだ。頼まれてくれるか?」

 苦虫を?み潰したような表情で、笹原が確認する。

「ええ、大丈夫っすよ。あいつだって嫌だとは言わない筈です」

 またクスクスと笑い出した浩太をじろりと睨み、笹原は腕組みした。


 ピュアフォックスが姿を現すと、そのプロポーションに対して南高の男子生徒から指笛や卑猥な野次が飛んでくる。

「な、な、な、なによあれ!」

 聞くに堪えない内容に、香夏子の顔が真っ赤になる。

 ピュアフォックスは左右を北高柔道部員に守られ、花道を進む。マスクで見えなかったが、その頬は野次に紅潮していた。

 リング下まで来ると呼吸を整え、階段を一気に駆け上がる。駆け上がると同時にトップロープを飛び越え、リングに降り立つ。

 リングで待っていたのは、高校生離れした肉体の男だった。百八十cmを優に超える長身に、鍛えられていることが一目で分かる筋肉のつき方をしている。それは浩太の比ではない。

(遥……!)

 香夏子の胸を、不安が覆った。


「赤コーナー、南ヶ関高校……村田、泰治ぅーっ!」

 そのリングコールに、南高の生徒からはなぜか疑問の声が上がる。しかしリング下に陣取っていた九条たちが拍手すると、それにつられるように拍手を送る。

 村田はバランスの取れた長身に力を漲らせ、ピュアフォックスを見下ろす。

(この人、強い……!)

 村田の身体は鍛えられ、絞られ、表情は自信に溢れている。肉体の発する迫力が並みの高校生とは違う。それでも闘う前から負けてたまるかと、ピュアフォックスは村田を睨み返す。

「青コーナー、北原高校プロレス同好会……ピュアァ、フォックスゥーっ!」

 ピュアフォックスはコールにも応えず、村田を睨み続けている。この普段とは違う態度に、香夏子の胸にまた不安が湧く。

(遥、いつも通りじゃない……そんなんで勝てるの?)

 香夏子の不安を余所に、両者のボディチェックが済む。小峯の合図でゴングが鳴らされた。


『カーン!』


 ゴングは鳴ったが、ピュアフォックスは前に出ることができなかった。こんなことは初めてだった。

(なんで……行かなきゃプロレスにならないよ! 私の足、動いて!)

 動かないピュアフォックスに、外野から野次が飛ぶ。それでもピュアフォックスは前に出られない。

「どうした? 来ないなら力比べからやってみるか?」

 村田の誘いに、ピュアフォックスが乗る。

 手四つに組んだピュアフォックスと村田だったが、すぐに優劣が出た。

「くっ!」

 村田の圧倒的なパワーに、ピュアフォックスが膝をつく。

「嘘、遥が押し負けた」

 その光景が香夏子には信じられなかった。香夏子が覚えている限り、遥、いやピュアフォックスが男相手でもパワーで負けた記憶はない。

「やっぱりあいつ、素人じゃないな」

 浩太の表情も険しい。

「……あの男、どこかで見た覚えがあります」

 木ノ上は眼鏡を当たりながら、村田をじっと見つめていた。

「お前南校に知り合いいるのか?」

「中学のときの同級ならいますが、あの男は違います。でも見た覚えはあるんですよ、それがどこだったか思い出せず……」

 喉まで出掛かった男の名前が出てこず、木ノ上は苛々と眼鏡をいじる。

 リングでは、押し込まれ、ブリッジで耐えていたピュアフォックスが手四つのまま肩をつけられる。

「……ワン、ツー……」

 カウントツーでピュアフォックスが肩を上げる。これ自体はたいしたことはないが、何度も繰り返されると少しずつスタミナが削られていく。

「こればっかりじゃ観客も不満だろ。そろそろ、本気でいくぜ」

 村田は手四つをやめ、ブリッジしていたピュアフォックスのお腹へ肘を落とす。

「ぐっ!」

 この肘打ちでブリッジが崩れ、ピュアフォックスは転がって距離を取り、素早く立ち上がる。しかし、目の前に村田の右腕が迫っていた。

「がはっ!」

 ラリアート一発で宙に飛ばされ、リングへと落下する。

「おら、立てよ」

 村田はピュアフォックスのマスクを掴んで無理やり立たせ、ロープに振る。戻ってきたところでピュアフォックスの腹部に膝を入れ、再びダウンを奪う。

「うぐぅっ」

「キチンシンク」の威力にお腹を押さえ、ピュアフォックスが苦悶する。

「なんだ、もうお寝んねか?」

 村田はピュアフォックスを見下ろし、鼻で笑う。また無理やり立たせ、今度はボディスラムで投げ飛ばす。

「聞いてた話じゃえらく強い女だってことだったが、所詮アマチュアか」

 村田の「アマチュア」という言葉が鍵となり、木ノ上の記憶を呼び覚ました。

「お、思い出しました! あの男、真連の練習生ですぞ!」

 落ち着きなく眼鏡を触っていた木ノ上が、ようやく村田の正体に気づく。

「真プロレス連合」。通称「真連」。プロレスファンの間では有名な団体だった。二十名を優に越す所属選手を擁し、毎年何人もの才能ある練習生を集めて有力レスラーへと鍛え上げていく。中堅どころながら、日本のプロレス界で存在感を増している団体だった。

「……なんで練習生まで知ってるんだよ」

 そんな木ノ上に、浩太も状況を忘れて呆れてしまう。

「プロレスマニアとしては当然ですぞ。未来のスターの原点を知ることで、その活躍が一層輝くという……」

「なんでもいいから応援して! 遥がピンチでしょっ!」

 香夏子の金切り声に、二人は肩を竦ませる。

「でもちょっと待ってください。練習生ということは、彼は南校の生徒じゃないってことですか?」

 こよりの指摘に、メンバーたちがハッとなる。

「……あいつら、こっちにバレないと思って助っ人雇いやがったな。遥、そいつ本職のプロレスラーだ! 壊されないように気をつけろ!」

 口に手を当てて叫ぶ浩太の背を、香夏子が何度も叩く。

「それよりも試合を止めて! 遥が闘ってるのが南校の生徒じゃないないなら、この試合は無効よ。早くしなきゃ遥が大怪我しちゃう……!」

「駄目だ!」

 浩太の言葉の鋭さに、香夏子が固まる。

「もし今止めてみろ、遥だけじゃない、お前やこより先生まで南高の連中に袋叩きにされるぞ」

「でも!」

 尚も言い募ろうとする香夏子をリングの方にねじ向け、浩太が背中を叩く。

「それに……遥の目はまだ諦めてない。一番の親友のお前が信じてやらなくてどうする。信じろ、遥を信じろ!」

 浩太は香夏子の肩を掴み、揺さぶる。香夏子は大きく頷き、口に手を添え、必死に闘っている親友に叫ぶ。

「……遥! 頑張って、遥! 勝って!」

 親友の声援が届いたのか、ピュアフォックスがなんとか立ち上がった。しかしその体はふらふらと揺れている。

「こいつで寝てろや!」

 村田はロープの反動から、再びラリアートにいく。最早ピュアフォックスに反撃する体力はないと見ての、無造作な動きだった。


 そのとき、遥の脳裏に過ぎったのは鍬を握っている自分の姿だった。力で大地に挑み、全て跳ね返されたあの場面だった。

『遥ちゃん、力任せにやっても疲れるだけだぞ』

 こよりの父の言葉が、不意に耳に蘇る。


「……そうは、いかないよ!」

 ピュアフォックスが宙に舞っていた。太ももで村田の顔を挟み、上体を後方に捻る。

 ピュアフォックスは突っ込んでくる村田の勢いを利用し、得意の「フランケンシュタイナー」に斬って取った。油断していた村田はまともに食らい、頭頂部をリングに打ちつけられる。

「ぐっ……くそっ!」

 頭を押さえて立ち上がったが、村田の視界にピュアフォックスの姿はない。

「ど、どこ行った?」

「ここだよっ!」

 衝撃が村田の後頭部を襲った。その威力にバランスを崩し、村田は顔面からリングに突っ込んでいた。

「スワンダイブキック」。

 細いトップロープの反動を使い、ミサイルキックの飛距離と威力を飛躍的に上げる荒技だった。まだ高校一年のピュアフォックスが繰り出した高度な技に、南校の生徒までが驚きの声を上げる。

「あぐぉ……まだだ、素人に、女なんかに負けてたまるか……」

 よろめく足を踏みしめて立ち上がった村田だったが、目の焦点が合わず、身体にも力が入っていない。ふらりと前に出たところをピュアフォックスがボディスラムの体勢で抱え上げる。だが、ピュアフォックスの狙いはボディスラムではなかった。

「でいやぁぁぁっ!」

 気合一閃、村田の脳天を「ノーザンライトボム」でリングに突き刺す。完璧に決まった一撃は、村田の意識を刈り取った。ピュアフォックスは、白目を剥いてぴくりとも動かない村田のフォールに入った。

「ワン、ツー、……スリーッ!」


『カンカンカン!』


 フランケンシュタイナー、スワンダイブキック、ノーザンライトボムと連続で頭部を攻められた村田に、フォールを返す力は残っていなかった。

「やった、遥、やったぁ!」

 香夏子がリングに上がり、ピュアフォックスに抱きつく。香夏子を追ってプロレス同好会のメンバーもリングに上がり、ピュアフォックスを囲む。

「よかった、遥、よかった……」

 それだけしか言えず、香夏子が涙ぐむ。

「香夏子……ありがと。応援、しっかり聞こえた」

 ピュアフォックスは香夏子を柔らかく抱きしめ、吐息を洩らす。あのとき香夏子の言葉がなければ、もしかして……

 そこに、足音高くリングへと上がった者がいた。

「お前ら、これで済んだと思うなよ」

 九条が村田の敗北と怒りに端正な顔を歪め、メンバーたちを睨みつける。

「香夏子がその同好会にいる限り、もっと強い奴をぶつけてやる! いいか、絶対に潰して……」

「それは感心しないなぁ、九条君」

 九条をやんわりと止めたのは、浩太の良く知る人物だった。リング下でにこやかに笑っている。

「九条君、今回の件だけど、お父さんはご存知だったのかな? なんなら僕から伝えておくよ」

 男性のにこやかな表情と言葉に、九条がたじろぐ。

「いや、それは……浩武(ひろたけ)さんに、そこまでしてもらわなくても大丈夫です」

「そうかい? ああそれから、北高のプロレス同好会には、私の弟も所属してるんだ。それを覚えておいてくれるかい?」

 これは初耳だったのだろう。九条の表情が驚きに、次に悔しさに歪む。

「……わかりました。絶対に忘れません」

 九条はプロレス同好会一同、特に香夏子に物言いたげな視線を投げたが、結局なにも言わずにリングを降りた。

「兄貴……!」

 浩太もリングを飛び降り、男性に駆け寄る。

「久しぶりだな、浩太。元気でやってるようで良かったよ」

 男性は浩太の兄、川崎浩武だった。いつものように人を安心させる笑みを浮かべている。

「兄貴、あの九条って奴、知ってたんだな」

「ああ、取引先の息子さんだよ。ちょっと悪戯者で困るけどね」

 実際は悪戯だけでは済んでいないのだろう。苦笑交じりでの返答だった。

「そっか……でも、なんでここに?」

「ああ、九条君の依頼でね。といっても間接的なものなんだけど、リングを用意したのがうちなんだ」

「へえ。いろんなとこで繋がってるもんだな」

「それが人生さ」

 気障ったらしい台詞もさらっと言える兄に、浩太が苦笑する。

(やっぱ敵わないな)

 それでも兄の存在が、兄が自分より高みにいるという意識が、浩太を強くあろうと押し上げてくれる。

(今は無理でも、いつかは)

 心に誓い、拳を握り込んだ。


 ピュアフォックスが痛みと疲労に崩れそうな体に気合を入れ、マイクを握る。

「今日は観戦、ありがとうございました」

 ピュアフォックスの一礼に、南高の生徒の間に戸惑いの空気が生まれる。

「私は、強い人と闘いたいって、いつも思ってる。今日の村田……さんも強かった。でもね」

 一度言葉を切り、観客を見回す。

「この村田って人、南高の生徒じゃないんでしょ?」

 真連の練習生ならば、契約上、もう高校生ではない筈。

「南高の生徒相手だったら、別に文句もないよ。でも、こんな奴が代表で良かったの!?」

 ピュアフォックスの弾劾に、南高の生徒たちがざわめく。中には立ち上がり、ピュアフォックスを睨む者もいる。

「そいつの言うとおりだな」

 長身に今時リーゼントに決めた男が音高く立ち上がり、周囲を睨めつける。

「俺は面白い出し物があるって聞いてた。そう聞いてただけで、その村田とか言う余所者を南高の代表だと認めてたわけじゃねぇ」

「そうは言うがな、尾澤。このまま舐められたままじゃ……」

 周りから上がった声に、尾澤と呼ばれたリーゼントが吠える。

「筋通さなかった俺らに反論する権利があんのか!? おぉ!? 文句言いてぇんだったら、あの姉ちゃんと闘って、勝ってからにしろや! 南高のクズにもな、誇りってもんがあんだよ! てめぇらにはねえってのか!?」

 尾澤の迫力と正当な理由に、南高の中にも村田が闘ったことへの不満を現す者が出てくる。

「ありがと、尾澤くん。言いたいこと全部言われちゃった」

 にこりと笑うピュアフォックスに、尾澤は右手を上げて返答に代える。

「今度は正真正銘の南高の代表と闘いたい。それまで、私はもっと強くなるから!」

 ピュアフォックスの言葉に応えるように、南高の生徒の間から獣染みた咆哮が起こる。

「待ってろよ覆面姉ちゃん。俺もお前と闘いたくなった。近いうちに挑戦しに行くからよ!」

「うん、待ってる。私は、逃げたりしないから!」

 ピュアフォックスの宣言に、尾澤は男臭い笑みを返した。


 卒業式も間近の土曜日。

 北高ボクシング部のリングの上に、ピュアフォックスと向かい合う柔道着姿の男がいた。部室の中は人で満杯となり、部室の周りにも大勢の観客がいる。

「俺の卒業記念に付き合って貰って感謝するぜ。勝ってすっきりと卒業したいからな、手加減はなしだ」

 二度目の異種交流戦となる笹原は、どこか照れたような笑みを浮かべている。

「望むところですよ笹原先輩! 私もあれから強くなったんです、今度も負けませんよ!」

 ピュアフォックスは、心からの笑みを浮かべた。


「それでは、ゴング!」


『カーン!』


 ゴングと同時に、ピュアフォックスがコーナーから飛び出す。

「ピュアフォックス、いきます!」

「こいやぁ!」

 次の瞬間、歓声がリングを包んだ。


   【ピュアフォックス、いきます!】 終



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