【第十章 ピュアフォックス 対 浩太!】

「香夏子ぉ、新聞見たぁ?」

 教室の中、遥がなぜか気だるげに香夏子へと話しかけてくる。

「何のこと言ってるの? アイドルSの結婚とか?」

「違うよー。栗原美緒さん、レスリング引退しちゃうんだって……あんなに強くて綺麗なのに……初詣のとき会うことができてたら、もしかしたらもしかしたかもしれないのに……」

 本気で落ち込んだ様子の遥の頭を、香夏子は優しく撫でてやる。そういえば、今日は朝から元気がなかった。

「よしよし、でもこればっかりは本人の気持ちだもんね。んー……それじゃあ、君がプロレス界の栗原美緒を目指すのだ!ってのはどう?」

「私なんかが美緒さんの後を継げるわけないじゃん……いいよね、香夏子は幸せ一杯で」

「ななな、なに言ってるのよ!」

 じと目で見上げてくる遥に、香夏子は意味もなく両手を振って慌てる。

 小峯と付き合うことは、日曜日のデートの後すぐに遥に伝えた。そのときは自分のことのように喜んでくれたのに、今日は嫌味っぽい言い方で絡んでくる。余程栗原美緒の引退がショックなのだろう。

「んもう、元気出しなよ。今日の帰りに『町のドーナツ屋さん』寄ろう? 奢ってあげるから!」

「いいよ、小峯くんと二人で行ってきなよ。私おじゃま虫になりたくないし」

 遥はそう言うと、顔を背けて窓の外を見る。香夏子は小さく息を吐くと、遥の頭を胸に抱えこむ。

「……香夏子?」

「遥。らしくないよ。そりゃ、あんなに憧れてた美緒さんが引退するんだもん、ショックよね。でも、遥にはプロレスがあるじゃない。プロレス同好会があるじゃない。メンバーもいる、こより先生もいる、私もいる。そうやって拗ねてると、プロレスも弱くなっちゃうぞ?」

 香夏子の気持ちが、鼓動と共に遥に伝わっていく。

「香夏子……ありがと」

「どういたしまして。遥には色々迷惑かけたし、ね?」

「お返しに……私も抱きついてあげる!」

「え、それって……いたいーーーっ! こんのバカ力ぁーーーっ!」

 香夏子は遥の肩を叩き、本気でタップした。


 中間テストも終わり、そろそろ春の気配も漂ってきた金曜日の放課後。プロレス同好会のメンバーたちはこよりに集められた。

「こより先生、全員集めたってことは、異種交流戦の申し込みがあったんですか?」

 遥の弾んだ声にこよりは首を振る。

「ちょっと違います。いえ、でもそういうことにもなるのかしら」

 こよりには珍しく持って回った言い方に、メンバーたちは首を傾げる。

「実は、子どもたちの前で試合をしてくれないか、と頼まれたんです。依頼主は私の大学時代の友人で、冬休みに会ったときに皆の話をしたらぜひ、と」

 こよりの友人である胡桃は、幼稚園で保育士をしている。その幼稚園には体が弱い子が多く、皆そろって運動できる時間が少ない。目の前でプロレスの試合を見ることで、少しでも運動に興味を持ってもらいたいというのが胡桃の考えだった。

 ただし、プロに頼むような予算はない。アマチュアのプロレス同好会ならお金がかからないだろうという計算もあった。

「でもこより先生、その人プロレスするのにリングがいるのは知ってるんですよね?」

「ええ、ですから庭にロープだけ張ってできないかと相談されたんですが……」

「無理です」

 遥がきっぱりと断言する。もし投げ技を地面で打てば、固い大地で大怪我を負ってしまう。

「リングか……」

 浩太の頭にある顔が浮かぶ。あまり頼りたくはなかったが、あの日のこよりの言葉が浩太の躊躇を払ってくれる。

「こより先生、遥、一週間くらい返事待ってもらっていいか。可能性は低いけど、リングを準備できるかもしれない」

 メンバーは口々に浩太に当てを尋ねるが、浩太は口を濁してはっきり言わない。もし実現できたら教えるとだけ言って、浩太は沈黙を通した。


 次の週の木曜日の練習前だった。

「遥、リングはなんとかなったぜ」

「え、ホント!?」

 浩太の言葉に遥が驚く。期待はしていなかったため尚更だった。

「約束よ、どこからリングが調達できたか教えてよ」

 香夏子の言葉に、浩太の眉が寄る。

「……どうしても言わなきゃだめか?」

「いいじゃない、気になるんだもん」

「そうだよ浩太、言っちゃえ言っちゃえ! 仲間でしょ!」

「ワタクシも知りたいですぞ」

「僕も知りたいな」

 メンバーたちの表情に諦め、浩太はため息をつく。

「……電話で兄貴に頼んだ」

「え、お兄さんってそんな簡単にリング用意できる人なの?」

 香夏子の驚きも当然だろう。リングを準備するにはまずリングそのもの、そしてそれを運搬する手段と人、それにかかるコストなどが必要になる。

「兄貴は……川崎商事の関係者なんだよ」

 その一言で、メンバーたちは納得する。蝶舞市だけでなく、県下でも有数の有名企業である川崎商事の関係者なら、リングを用意するくらい簡単だろうと思ったのだ。ただ、こよりだけが浩太を優しく見つめていた。

「あ、でも対戦相手がいないじゃない。どうするの?」

 遥の問い掛けに、浩太を除くメンバーたちは顔を見合わせる。

「対戦相手ならここにいるじゃないか」

 浩太が自分を指差す。

「え、浩太と私が闘う、ってこと?」

 メンバー同士で闘うことなどと考えたことはなかった。しかし共に練習して、浩太の実力が上がっていることは肌で感じている。

「……それも面白そうだね。よし、覚悟しなよ浩太!」

「それはこっちのセリフだよ」

 遥と浩太はお互いに視線を合わせ、火花を散らす。その口元には、自然と笑みが浮かんでいた。


「ふわぁ〜」

 遥の口から、ため息とも驚嘆ともつかないものが漏れる。「どんぐり幼稚園」の庭に、本当にプロレスのリングが準備されていたためだ。今は作業着姿の男性たちがロープの張りを確かめたり、キャンパスの弾み具合のチェックを行っているところだった。

 リングの周囲にはパイプ椅子が並べられている。更にその外側には、たこ焼きや焼きそばと言った縁日のときのような出店がいくつも並んでいる。

 と、浩太が突然、作業している男の一人に走り寄る。

「シゲさん、あんたか!」

「浩太くん、久しいな」

 浩太がシゲと呼んだ白髪頭の男性は、重富という川崎商事の重役だった。浩太の父の創業期からの部下で、現場からの叩き上げの重富は部下の信任も厚く、社長である浩太の父にもズバズバと物を言う。子どもがいない重富は浩太を息子か孫のように可愛がり、浩太もシゲさんと呼んで父親よりも慕っていた。

「今回はありがとうな。えと、兄貴は?」

「若社長は、今日はお得意さんとの折衝があってな。ワシが代わりだ。若社長もギリギリまで調整しようとしたんだが、こればっかりはな」

 重富の言葉に、浩太も残念そうな表情となる。

「そっか。仕事ならしょうがないよな。でも、兄貴もよくあの親父を説得したもんだ」

「若社長が、慈善事業にももっと金を出すべきだって社長を押し切ったんだよ。ここで試合をするってんじゃなかったら難しかっただろうがね」

 幼稚園で川崎商事の名前を売っておけば保護者への宣伝になるし、なにより子どもにアピールできるのが大きい。またイベントを行えば人が集まる。周辺に出店を出すことである程度は元手を回収できる筈だ。

 浩太の兄は少しでも弟の頼みを叶えてやりたくて、社長である父を説得した。当然、浩太の名前は伏せて、であったが。

「そっか……兄貴にでっかい借りができたな」

「なにを言っとる! 『初めて浩太から頼ってくれた』と嬉しそうだったぞ、若社長。兄弟なんだ、少しは甘えろ」

 思い切り背中を叩かれ、浩太が息を詰まらせる。

「……シゲさん、痛いって」

「プロレスやっとるんだろ? 鍛え方が足らんわ!」

 豪快に笑う重富に、浩太は苦笑するしかなかった。


「こより! 来てくれたのね!」

 エプロン姿の保育士がこよりに駆け寄り、両手を握る。その後ろには年配の優しげな女性が佇んでいる。

「北原高校プロレス同好会の皆さんですね。どんぐり幼稚園で園長をしている柿崎と言います」

 深々と頭を下げる柿崎に、慌てて同好会メンバーも礼を返す。

「今日は大変なお願いを聞いて頂いて、本当にありがとうございます」

 柿崎園長は川崎商事との打ち合わせの中で、プロレス同好会の試合だけだった予定が、出店を出すほどのイベントになったことに驚きと喜びを持っていたが、それは表には出さずに優しい微笑みを浮かべる。

「こちらこそ、宜しくお願い致します。園児の皆になにかを伝えられるよう、精一杯頑張ります」

 こよりの言葉に、園長も優しく頷く。

「では、まずこちらにどうぞ。暖かいお茶を飲んでから準備されるといいわ」

 園長の申し出に、メンバーは素直に頭を下げていた。


 試合開始が近づき、パイプ椅子もほとんどが埋まり、立ち見も出ている。

「それではこれより、スペシャルマッチを行います!」

 木ノ上のマイクに、観客たちが拍手で応える。

「選手、入場!」

 まず、黒のレスリングパンツとレスリングシューズというシンプルな出で立ちの浩太が姿を見せる。

 浩太はエプロンサイドに上がると、ロープを潜ってリングへと入る。

 続けて、白のマスクと香夏子手作りのコスチュームを身に纏ったピュアフォックスが走って入場してくる。その勢いのままエプロンサイドへと上がり、トップロープを飛び越えてリングインする。

 この派手な入場に、観客席が大きく沸いた。


 リング上で、黒のコスチュームの浩太と白のコスチュームのピュアフォックスが対峙する。

「赤コーナー、北原高校プロレス同好会……川崎、浩太ぁーっ!」

 浩太の日々のトレーニングとバイトで鍛えられた体は、バランスの取れた見事なものだった。

「青コーナー、同じく北原高校プロレス同好会……ピュアァ、フォックスゥーっ!」

 マスク姿のピュアフォックスに、子どもたちと見物人から拍手が送られる。

 リング中央で向かい合った二人に小峯が諸注意を与え、コーナーへと下がらせる。

「それでは、ゴング!」


『カーン!』


 軽い足取りで進んだ遥と浩太が、リング中央で向かい合う。

「浩太と真剣勝負するのって、初めてだね」

「夏合宿の砂浜ダッシュは入らないのか?」

「あれ入れたら私の一勝だね」

「んなわけあるか! ありゃ引き分けだろ!」

 軽口を叩きながらも相手の隙を窺う。

「まずはこれだろ」

 浩太が手四つに誘うと、ピュアフォックスもそれに応じる。リング中央で二人は手を絡ませ、相手をねじ伏せようと渾身の力を振り絞る。

「浩太……腕力ついたね……!」

「いつまでも、お前に負けてるわけにはいかないんでね……!」

 じりじりと押しこんで行く浩太だったが、

「十年早いよっ!」

 ピュアフォックスはバネを利かせた爆発的な瞬発力で、一気に押し返す。

「なんのっ!」

 浩太はピュアフォックスの押してくる力を利用し、後方へと投げを打つ。

「……やるね、浩太」

 受身を取ったピュアフォックスが素早く立ち上がる。その口元には楽しそうな笑みが浮かんでいる。

「それほどでも、あるかな!」

 浩太のミドルキックがピュアフォックスの左脇腹に入るが、ピュアフォックスはその脚を抱え、ドラゴンスクリューへと繋ぐ。

「ちっ!」

 浩太は右脚を軸に体を回転させ、膝へのダメージを防ぐ。

「くっそー、読まれてた!」

「何回一緒にスパーリングしてきたと思ってんだ」

 悔しげなピュアフォックスに、立ち上がった浩太が得意げな笑みで応える。

「せぃっ!」

 そのまま気合と同時にショルダータックル。ピュアフォックスはこれをカニバサミで倒し、すかさずSTFを狙う。

「ちっ!」

 浩太は無理やり上体を捻り、力任せに脱出する。

「逃がさないよっ!」

 タックルで追いすがるピュアフォックスだったが、

「おぉらぁっ!」

 浩太が気合と共に放った掌底のアッパーが、ピュアフォックスの顎を捕らえた。

「あぐっ!」

 瞬間的にスウェーバックしたものの、完全には避けきれず、ピュアフォックスの顎が跳ね上がる。それでも後転で勢いを逸らし、ふらつく足でリングを踏みしめる。

「がんばれピュアフォックスー!」

「負けないでピュアフォックスー!」

 劣勢のピュアフォックスに、子どもたちの声援が飛ぶ。

「……俺、すっかりヒールだな」

 これには気勢を削がれ、浩太が頬を掻く。

「仕方ないね、こっちはか弱い乙女なんだし」

「ったく、勝手なこと言ってやがる!」

 ここが攻め時と見極め、浩太が連続技を仕掛ける。左のサイドキック、右のミドルキック、左のエルボー。これをかわし、或いはブロックで凌ぐピュアフォックス。しかし浩太必殺のアッパーが迫る。

「二度も喰らうもんかっ!」

 浩太のアッパーをかわすと同時に首、左脚を捕らえ、後方へと投げつける。

「まずっ……!」

「でいやぁぁぁっ!」

 完璧なタイミングの「キャプチュード」に、タフな浩太がリングに大の字になる。

「よーっし、皆も一緒に数えてねっ!」

 ピュアフォックスは浩太をフォールし、子どもたちを煽る。

「いくよーっ! ワン!」

 小峯がリングを叩くと同時にピュアフォックスが人差し指を掲げてカウントを取ると、子どもたちも何をすればいいのかわかったようだ。

「ツー!」

 人差し指と中指を掲げると、子どもたちも真似して指を二本立てる。

「「……スリーッ!」」

 小峯がリングを叩くと同時に、指を三本立てたピュアフォックスと子どもたちが一緒に叫ぶ。


『カンカンカン!』


 ゴングが打ち鳴らされると、子どもたちも、観客も総立ちになって拍手を送る。ただの暇潰し程度に考えていた観客もピュアフォックスの動きに魅了され、心からの拍手を送っていた。

「スペシャルマッチ、勝者は……ピュアぁ、フォックスぅぅぅっ!」

 そこに木ノ上のマイクが飛び、一層の拍手が鳴らされる。ピュアフォックスはコーナーポストへと飛び乗り、声援に応える。

「……っつぅ……遥、素人にあの投げはないだろ」

「あ、浩太気がついた?」

 目を開けた浩太に、コーナーポストから飛び降りたピュアフォックスが駆け寄り、手を差し伸べる。しかし想像した場所に浩太の手が来ず、空振りになってしまう。

「そこまでのダメージだった? ごめん、ちょっとやり過ぎたかも」

「大丈夫だって! ほら、もっかい手ぇ出せ」

 お互いがお互いの手を掴もうとして、ピュアフォックスは屈みこみ、浩太は起き上がって手を伸ばす。その結果が……


(むにょん)


「あ……」

 浩太の手が、ピュアフォックスの左胸を掴んでいた。

「浩太!」

「いや待て、違う、今のは不可抗力で……」

「ドスケベーーーっ!」

 ビンタというには鈍すぎる音がリングに響き、浩太はもう一度リングにひっくり返った。


 リングを降りたピュアフォックスを、歓声と共に幼稚園の子どもたちが取り囲む。中にはさっそくプロレスの真似をしている子どももいる。

 子どもたちの後ろから、保育士の胡桃がピュアフォックスに笑顔を向ける。

「ピュアフォックスさん、子どもたちが貴女と握手してもらいたいって言うの。お願いできるかしら?」

「はいはい、いいですよ。じゃあ順番に……って皆ちゃんと並んで! マスク引っ張っちゃだめ! わきゃ、どこ触ってんのエロガキ!」

 ピュアフォックスは一躍子どもたちの人気者だった。子どもたちはピュアフォックスに抱きつき、覆い被さり、マスクやコスチュームを引っ張る。

「こらこら皆、ピュアフォックスお姉さんから離れてね」

 子どもたちは胡桃の言うことなど聞きもせず、ピュアフォックスに群がる。

「……こらぁーーーっ! いいかげんにしろっ!」

 ピュアフォックスの声量の大きさに、子どもたちが驚いて離れる。中には泣き出す子もいる。

「いい? ちゃんと順番に並んで。一人ずつだけど、全員握手でも肩車でも抱っこでもしてあげるから。でも、順番守れない子は握手も肩車も抱っこもしてあげないからね! わかった?」

「はーい!」

 さっきまでとは打って変わり、手を上げ、元気よく返事する子どもたち。ピュアフォックスはにこりと笑うと、最初の子を抱き上げた。


「やるなぁ浩太くん。負けたが、いい試合だったよ」

 後頭部と左頬を押さえながらリングを降りた浩太を、重富が労う。

「最後はちょっと雑な攻めだったかもな。ま、引き立て役としてはいい働きをしたと思うよ」

 悔しさを押し隠し、浩太は笑って見せる。

(こういう風に言えるようになったか。成長したな)

 重富はそのことが嬉しく、自然と笑みが零れていた。

「? どうしたシゲさん、にやにやしちゃって」

「ああ、浩太くんにも素敵な彼女ができたみたいで嬉しくてな」

 わざと的外れなことを言う。浩太の成長が嬉しいなどとは、気恥ずかしくて口にできない。

「彼女って……待て、違うぞシゲさん、遥とはそんな関係じゃない!」

 これには浩太も慌てて否定する。

「わかったわかった。でも、好きな人はいるんだろ?」

「……シゲさんにはかなわないな」

 昔から、重富には隠し事ができなかった。

「でも、誰かまでは言わないからな。あと、兄貴にもよろしく言っといてくれよ」

「それは自分で伝えろ。感謝の気持ちは、直接伝えないと駄目だ」

 相変わらず礼儀には厳しい重富だったが、それが浩太には嬉しかった。

「わかった。後で電話するよ」

 浩太の素直な返事に、重富は優しく頷いた。


「プロレス同好会の皆さん、今日は本当にありがとうございました」

 園長の柿崎と胡桃が頭を下げると、プロレス同好会のメンバーたちもお辞儀を返す。遥はピュアフォックスのマスクを着けたままだ。

「こより、無理なお願い聞いてくれてありがとう。子どもたちもあんなに喜んでくれて、ホントになんてお礼を言っていいか……」

「いいのよ、私はなにもしてないんだから。お礼ならこの子たちに言ってあげて」

「せ、先生、もういいですよ、お礼ならさっき言われましたし、年上の人に頭下げられるのってなんだか気恥ずかしくて」

 遥が頭を掻きながら照れたように言う。

「それよりもさ、こより」

 胡桃がこよりの耳元に口を寄せる。

「もう草太郎のことは吹っ切れたの?」

「胡桃、生徒の前よ!」

 珍しくこよりが焦る。興味津々のメンバーの中、なぜか浩太だけが険しい表情を浮かべていた。


「ああ、俺だ」

 その場から少し離れたところで、若い男が携帯電話を使っていた。

「今から言うもの用意しろ。親父には内緒でな」

 男の要求したものに、相手は驚いたらしい。腰の引けた遠回りの諫止をしてくる。

「それくらい親父の知り合いに頼めば簡単だろうが! わかったな! ああ、あとな……」

 ある男の名前を挙げ、短く用件を告げて電話を切る。

「香夏子、お前の大切な仲間をぶっ壊してやるよ」

 携帯電話をポケットに突っ込んだ男の顔に、歪んだ笑みが張りついていた。



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