決勝戦
（八岳琉璃 対 於鶴涼子）
長く続いたシングルトーナメントも、今日、決勝の舞台が用意された。会場は既に満員となり、栄えある戴冠者の誕生をこの目で見ようと熱気が溢れている。
「これより、シングルトーナメント決勝戦を行います！」
黒服の合図と共に、激闘を勝ち抜いた二人の女性がリングへと上がる。
「赤コーナー、『クイーン・ラピスラズリ』、八岳琉璃！」
「八岳琉璃」。１７歳。身長１６２ｃｍ、Ｂ８９（Ｆカップ）・Ｗ５９・Ｈ８４。世に名高い八岳グループ総帥を祖父に持つ生粋のお嬢様。生まれつき色素が薄い髪を長く伸ばし、女神が嫉妬しそうな美貌を誇る。白く滑らかな肌は名工の手になる陶磁器を思わせる。美しい大輪の薔薇を思わせる外見と高い気位を持ち、それに見合うだけの才能を持つ。
シングルトーナメントではジグ・ソリタード、ミステリオ・レオパルド、瓜生霧人、ダークフォックスという実力者たちを危なげなく倒し、優勝候補筆頭と謳われた実力を遺憾なく発揮している。
「青コーナー、『クールビューティ』、於鶴涼子！」
「於鶴涼子」。２１歳。身長１６３ｃｍ、Ｂ８５（Ｄカップ）・Ｗ６０・Ｈ８３。「御前」の所有する企業の一つ「奏星社」で受付をしている。長く綺麗な黒髪と涼しげな目、すっと通った鼻梁、引き結ばれた口元。独特の風貌を持つ和風美人。
シングルトーナメントでは早矢仕杜丸、マスク・ド・タランチュラを軽く一蹴し、ジョーカー、古池虎丸という強豪にも勝利を得た。
「決勝戦は、『ＪＪＪ』の九峪志乃が裁きます！」
自分に向けられた歓声に、志乃も深々と頭を下げる。
志乃が諸注意を両者に与えるが、琉璃と涼子の視線はその間も対戦相手から離れなかった。
「これが決勝戦よ。お互い、悔いのないように。そして、相手に敬意を持って闘うこと。いいわね？」
ボディチェックを終えた志乃が二人に告げる。琉璃と涼子が頷いたのを見て、志乃は決勝のゴングを要請した。
＜カーン！＞
ゴングは鳴らされたが、琉璃と涼子は微動だにしなかった。両者とも卓越した技量を持つため、対戦相手の力量を見抜き容易に動けなかったのだ。
動きがないまま時間だけが過ぎ、観客席から苛立ちの声が上がり始める。
「どうしたの、ファイト！」
志乃の促しを契機とし、琉璃が前に出た。出ると同時に高速ジャブを連打する。数々の男性選手を沈めてきた琉璃のジャブだったが、涼子に全て叩き落されていく。
（なんですって！？）
かわされるのならばまだわかる。しかし、全てのジャブが迎撃されるということは、全ての連打が見切られているということだ。
身体能力だけ見れば、体力、筋力、瞬発性、全てにおいて琉璃のほうが勝っている。しかし、涼子は力を受け流す能力が飛び抜けていた。琉璃の連打は完璧な防御に防がれ、受け流され、あまつさえ反撃すら受ける。涼子の才能は、古池虎丸戦を経て一気に開花したかのようだった。
（信じたくありませんが、こんな女性もいるんですのね）
思考とも呼べない僅かの停滞、そこに付け込まれ、掌底で左胸を打たれる。
「かはっ！」
しかしただでやられる琉璃ではなかった。引かれる掌底に合わせ、ローキックをぶち込む。
「ぐっ！」
ローキック一発で涼子が揺らぐ。
（なんて重い蹴り、力が逃せなかった！）
驚愕を隠し、追撃を許さず間合いを取る。
この一連の攻防で、琉璃と涼子は互いに相手が恐ろしい威力の技も持っていることを知った。
（だからこそ、面白い）
女性の身ながら闘いに飢えている琉璃と涼子だ。危険な攻撃だからこそ、その攻撃を無効化し、反撃へと繋げることが心身を浮揚させる。
そこからは、まるで名手同士の棋譜のようだった。素人にはわからない攻防の中、罠を張り、罠を食い破り、あるときは迂回し、正面突破を試みる。自らの肉体で以って行う攻防には、紛れもなく美があった。
まるで舞いを舞っているかのような華麗な攻防に、観客席からは声もない。
それでも、闘いの結末はやってくる。
「ラスト５分、ラスト５分です！」
試合時間は３０分。死闘も残り５分で決着が着く。
「あと５分よ。勝ちたければ、死力を尽くしなさい！」
レフェリーの志乃が叫ぶ。レフェリーとしては不適切な発言だったかもしれないが、琉璃と涼子の胸に強く響いた。
「レフェリーの言うとおりですわね。そろそろ、決めましょうか」
「ええ」
美少女と美女の顔に、微笑みが浮かんでいた。嘗てない好敵手と闘っているという喜びのために。
「せぇいっ！」「はぁぁぁっ！」
二つの影が激突した。
その瞬間、リングを歓声が包んだ。
＜地下闘艶場＞第一回シングルトーナメント 終
