準決勝第二試合
 (古池虎丸 対 於鶴涼子)

 これから、準決勝のもう一試合が始まる。順当に勝ち上がった於鶴涼子だが、その対戦相手を決めるべき元橋堅城と王美眉との闘いは両者KOとなり、リザーブ選手が用意された。

「これより、三回戦第一試合を行います!」
 黒服の合図と共に、二人の男女がリングへと上がる。
「赤コーナー、『スカーフェイス・タイガー』、古池虎丸!」
 リザーブ選手は、古池虎丸だった。その頬には数条の傷が走り、それが引き攣れて異相となっている。顔以外にもあちこちに傷が走り、特に左脇の傷が目を引く。その肉体は筋繊維を束ねたようで、身長も並の男性より遥かに高い。
「青コーナー、『クールビューティ』、於鶴涼子!」
 「於鶴涼子」。21歳。身長163cm、B85(Dカップ)・W60・H83。「御前」の所有する企業の一つ「奏星社」で受付をしている。長く綺麗な黒髪と涼しげな目、すっと通った鼻梁、引き結ばれた口元。独特の風貌を持つ和風美人。
 一回戦、二回戦は楽に勝ち抜いたものの、三回戦では実力者のジョーカーに苦戦し、半裸にされたものの辛くも勝利している。
 今日もいつもどおりの合気道用の道衣と袴を身に着け、胸にはサラシを巻き、長い黒髪をポニーテールにしている。
 この試合を裁くレフェリーは九峪志乃だった。上は縦縞ストライプの半袖シャツで、下は黒のミニスカート。その剥き出しの太ももに観客からの粘つくような視線が飛ぶが、志乃はそれに顔色を変えるでもなく両者にボディチェックを行い、諸注意を与える。
(元橋様と闘えるもの、と思っていましたが・・・)
 志乃の諸注意を聞きながら、涼子は元橋堅城に想いを馳せていた。その元橋は王美眉と闘い、両者KOという壮絶な結果となった。
(しかし、元橋様とはまた別種の強さを持つ方ですね)
 目の前の男は、まるで野獣のような気を纏っていた。これからこの獣のような男と闘うのかと思うと、涼子の背を冷たいものが這った。
「それでは、ゴング!」

<カーン!>

 決勝戦進出を賭けた美女と野獣の闘いが始まった。慎重に出方を窺う涼子に、虎丸がのそりと距離を詰める。
 いきなり虎丸の右手が伸びた。
「!?」
 余裕を持ってかわした筈なのに、虎丸の右手は涼子の左手首を掴んでいた。
「くっ!」
 瞬時に投げを打とうとした涼子だったが、虎丸の体はびくともしなかった。涼子の技が、筋力で押さえ込まれていた。
(なんて規格外の力!)
 崩しを行おうとしても、リングに根を張ったのかと疑うほどに微動だにしない。
 そのとき、虎丸の手が涼子の道衣に掛かり、引いた。
「なっ!」
 たったそれだけで、涼子の道衣が音高く裂けた。
(この力、瓜生霧人以上!)
 かつて対戦した瓜生霧人も凄まじい膂力だったが、虎丸の力はそれを凌駕していた。涼子が何度もがこうとも、気にした様子もなく片手で道衣を引き裂いていく。遂には涼子の上半身はサラシだけとなった。
「くぅっ!」
 もがくことをやめ、手首を握る虎丸の親指の爪を仮借なく手刀で叩く。僅かに力が緩んだ隙にようやく距離を取る。しかし決定打には程遠く、右手の親指を撫でた虎丸がのそりと距離を詰める。
(先程の妙な技、次はかわします)
 心で密かに誓った涼子だったが、虎丸の右手は動かず、射程圏内まで入り込まれていた。
(未熟!)
 虎丸の右手に意識を振り過ぎたことを恥じた涼子だったが、虎丸の手が袴に掛かった瞬間動いていた。
「せいっ!」
 気合と共に耳裏の急所に掌底を落とすが、虎丸の巨体は揺るぎもしなかった。一気に袴を引き裂き、剥ぎ取っていく。
「くっ!」
 顔面に容赦ない膝蹴りを入れ、掴まる前に距離を取る。
(・・・さすがにまずいですね)
 道衣の上だけでなく、袴まで取られた涼子はサラシとパンティという姿にされてしまった。
「・・・どうする? ギブアップしても」
「いいえ、ギブアップはしません」
 女性らしい気遣いで志乃が尋ねてくるが、涼子ははっきりとギブアップを拒んだ。
(ここで諦めるようなら、本気の元橋様には勝てませんから!)
 脳裏に敬愛する老人の顔を思い浮かべ、闘志を掻き立てる。
(この男に勝つためには、「あれ」を出すしか・・・でも、「あれ」は禁じ手)
 唯一浮かんだ逆転への一手。しかし、何故か涼子は躊躇した。その涼子に向け、またも虎丸の手が伸びる。
「っ!」
 虎丸の手が伸びた瞬間、涼子は虎丸の懐に飛び込んでいた。
(父さん、禁を破ります!)
 優しげに伸ばされた涼子の左手が虎丸の鳩尾に触れる。否、左手が触れたと見えた瞬間、右の掌底がその上から叩きつけられた。そこで生じた衝撃の波は虎丸の腹筋を貫き、腹腔内で乱反射して五臓六腑を激しく揺さぶった。
 父から伝授された禁じ手・<鎧通し>だった。

 <鎧通し>は、常人に使えば死に至らしめる。その威力に、父は厳しい顔と口調で使用を禁じた。
『この技は禁じ手だ。なぜ禁じ手たるこの技を教えるのかと言えば、不殺の誓いを破るためではない。命を奪える自信と覚悟を身につけるためだ。だから、絶対に使ってはならない。いいな』
 父は涼子の成長のため、敢て禁じ手を伝授した。父の意を汲み、涼子は深く頷いた。
 その日から、<鎧通し>会得の練習が始まった。水を詰め吊るした皮袋を、中の水だけを動かすイメージで掌を叩きつける。これを三箇月繰り返すことで、ようやく会得することができた秘技だった。

 <鎧通し>を受けた虎丸の巨体が揺らぐ。しかし、それだけだった。
(駄目、ですか)
 涼子の頬を汗が伝う。禁じ手も効かないとなれば、もう打つ手がない。
(いいえ、諦めれば終わり! 必ず勝ちます!)
 弱気を振り払い、構えを取る。その目に闘争心が戻る。
「・・・」
 虎丸が無言で右手を伸ばす。
「!」
 虎丸の伸ばされた手には、もう先程までの見切れないような速度はなかった。涼子はその腕を掴み、投げを打つ。虎丸の巨体が宙を舞った。
 その先に、鉄柱があった。
 巨大な肉の塊が鉄にぶつかる音が会場中に響く。虎丸の巨体が、まるで鉄柱に串刺しになったようだった。虎丸の口から鮮血が糸を引いて落ちていくのを見た志乃が、即座に両手を大きく振った。

<カンカンカン!>

(・・・勝った)
 自分の勝利を告げるゴングを聞き、涼子はようやく安堵の息を吐いた。これほどの凄まじい肉体と気を持った男を他には知らない。自分が勝ったことが今でも信じられない。
 何人もの黒服がリングに上がり、ようやく虎丸の体がコーナーポストの上から下ろされた。リングの上には担架も用意されたが、なんと、虎丸は自らの足で立ち上がった。よろめく足を踏ん張り、涼子に一瞥を投げると、ゆっくりとではあるが自分の足でリングを降りた。
(・・・こんな化け物によく勝てましたね)
 今更ながら、自分の勝利が信じられなかった。


 準決勝第二試合勝者 於鶴涼子
  決勝進出決定


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