【第百八話 紙連小梨:投連糸術】


 犠牲者の名は「紙連(かみつれ)小梨(こなし)」。22歳。身長153cm、B94(Hカップ)・W59・H84。艶のある黒髪を背中まで伸ばしており、左右の分け目にヘアピンを差している。優しげな目は母性を感じさせ、丸鼻とえくぼのできる口元が包容力を与えてくれる。美人というよりも可愛いと呼ばれることが多く、その所為か気安く異性に話しかけられることが多い。

 歯科技工士、いわゆる「歯医者さんの助手」をしている。小柄で巨乳ということもあり、バストが治療中の患者の頭部にしっかりと当たる。その所為か、男性患者からの人気が高い。

 その患者の一人が<地下闘艶場>の噂を聞き、あるルートから小梨の話を伝えたことで、小梨は欲望渦巻くリングへと足を踏み入れることとなった。


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 既にリングには小梨と対戦相手の男性選手が居る。小梨は男性選手を前にしても顔色を変えず、静かに佇んでいる。

「赤コーナー、『トータストンファー』、亀河健史!」

 小梨の対戦相手に選ばれたのは亀河(かめがわ)健史(たけし)だった。迷彩服の上下を着こみ、右手にトンファーを携え、にやにやとしている。

「青コーナー、『デンタル・ホルスタイン』、紙連小梨!」

 あまりに失礼なコールのためか、小梨の眉が顰められる。それでも口には何も出さず、教えられた通りにガウンを脱ぐ。その下にあったのは、小梨が務める歯科医の制服そのものだった。

 ピンクの半袖上着に膝上ミニスカート、両脚には白いタイツ、頭の上には制服と同色のキャップがある。その制服の上から着用された白いエプロンもポイントが高かった。しかし、一番観客の目を惹くのはエプロンを押し上げる胸元だった。身長は154cmながら、トップ94cmでHカップを誇るバストはド迫力だった。バストが作る胸元の盛り上がりは上半身のほとんどを占めるようにも見える。小梨が何かの動作を行うたびに胸元が重たげに揺れ、観客たちはつい目で追ってしまう。

 小梨の手にあったのは、一見すると黒い鞭に見えた。しかし鞭ならば革製のものがほとんどだが、そうは見えない。小梨の武器を推測する観客も居たが、誰にも正解はわからなかった。

「くそっ、今日はボディチェックなしか・・・」

 小声でぼやくのはレフェリーだった。この試合は武器戦のため、ボディチェックは行われない契約となっている。小梨の規格外の胸を盗み見るレフェリーだったが、諦めてゴングを要請する。


<カーン!>


「しかし、服の上からでもわかるすげぇおっぱいだな。こいつは楽しみだ」

 小梨の胸元をじっくりと眺めた亀河が、欲望のまま唇を舐める。

「今からゆっくりと揉み回してやるからな」

 トンファーを左手に構えた亀河が、じりじりと距離を詰める。

(変なもん持ってやがるが、なに、たいしたことはねぇさ)

 手の中に丸められているため、長さははっきりとはわからない。脅威などまるで感じず、亀河は既にどう小梨の胸を嬲るかしか考えていなかった。

 いきなり顔に何かが襲いかかった。慌ててトンファーで弾いたものの、更に別角度から襲うものがあり、目を叩かれる。

「うああっ!」

 痛みに涙が溢れ、視界が歪む。同時にトンファーがもぎ取られ、素手となってしまう。

(なんだ、一体なんだってんだ!)

 立て続けの攻撃に頭が回らない。本能的に頭部を庇った両腕に、何かが巻きついた。

「えっ・・・」

 いきなり体が回転した。視界を潰されていた亀河は平衡感覚を失い、受け身も取れずにリングへと叩きつけられた。


<カンカンカン!>


 いきなりゴングが鳴らされた。亀河が戦闘不能になったと見てのストップだった。

 ゴングを聞いた小梨は、手に持っていた黒い糸のようなものを一振りした。途端に亀河の両手首の戒めが外れる。


「発止流」。それが小梨の操る武術の流儀名だった。糸を操るという珍しい家伝の武術だ。

 糸は、小梨が生後十年間伸ばした黒髪を根元からばさりと切り、父親が一本一本丹念に編み上げたものだ。一本一本では容易く切れる髪の毛も、束ねれば驚くほどの強靭性を発揮する。

 小梨が手にする髪鞭は秘伝の薬を塗り込まれることで、更に強靭性と柔軟性を増している。それを扱う小梨の技量もまた驚嘆するものだった。


 手元に髪鞭を戻した小梨は小さく肩を纏め、そのままロープ際へと歩いていく。

「待ってくれ紙連選手!」

 リングを下りようとした小梨を、レフェリーの焦った声が引き止める。

「あっさり勝って欲求不満だろう? もう一試合してくれ、観客もそれを望んでる」

 このまま小梨を帰してしまったのでは見せ場も何もありはしない。それに、エプロンの上からでもわかる胸の膨らみに指一本触れていないのだ。

「な、頼む、その分のファイトマネーも弾むから!」

 必死に言い募るレフェリーに、少し考えた小梨だったが、こくりと頷く。

「そうか! それじゃ、次の対戦相手が入場するまで少し待っててくれ、頼むぞ」

 レフェリーは小梨に念押しすると、すぐにリング下の黒服に声を掛けた。


 数分が経ち、花道に男性選手が姿を現す。中肉中背だが、ポケットが多い作業服の上に、商家の旦那が着るような羽織を重ねるという違和感ある服装だ。髪はぼさぼさで、初老に差し掛かるかどうかと言った年齢に見える。

 初めての参戦である選手に、観客たちも反応に困っていた。


「赤コーナー、『暗鬼』、怎鬼一人!」

 コールされたというのに、怎鬼(そもき)一人(ひとり)はきょろきょろと落ち着きなく周囲を見回す。

「青コーナー、『デンタル・ホルスタイン』、紙連小梨!」

 再び失礼なコールをされたが、小梨はもう反応も見せず、髪鞭を手の中で遊ばせる。

 レフェリーは怎鬼に近づくと、小声で質す。

「刃物は持っていないな? 金属製のものもだぞ?」

「へひひ、大丈夫だぁよ。娘っこを傷物にするわけにゃぁいかんのじゃろ? 安心せぇよ」

「ならいいが・・・頼んだぞ」

「心配性だぁね。泥船に乗ったつもりで任せなぁよ」

「泥船だと沈むだろ・・・」

 呆れたレフェリーは、武器戦と言うことでやはりボディチェックはせずにゴングを要請する。


<カーン!>


 ゴングと同時に、小梨の髪鞭が怎鬼を襲う。否、小梨の髪鞭同様、怎鬼の攻撃も小梨を襲っていた。空中で互いに衝突した武器を手元に戻し、小梨は表情を変えず、怎鬼はにやにやと笑みを浮かべる。

「へひひ・・・」

 怎鬼の手元には何もなかった。小梨の髪鞭を迎撃した筈の物がなかった。

 再び髪鞭が舞う。しかし怎鬼の袖から飛び出した何かがまたも髪鞭を迎撃する。


 その正体は、怎鬼の暗器だった。暗器とは隠し武器を総称してそう呼ぶ。「暗器使い」の「鬼」、それが怎鬼の異名である「暗鬼」の由来だった。


 三度髪鞭が怎鬼に襲いかかる。怎鬼の手が振られ、またしても髪鞭が跳ね返される。否、それだけでは終わらなかった。袖から飛び出した何かが小梨を襲う。

「!」

 髪鞭での払いが間に合わず、転がって躱す。激しい動きに、膝立ちとなった小梨のミニスカートがずり上がる。タイツとパンティに包まれたヒップが露わとなった。

「へひっ!」

 怎鬼の袖から大量の暗器が飛び出した。細紐のついた暗器はまるで蜘蛛の糸のように、驟雨のように小梨へと降り注ぐ。

 小梨の右腕が振られ、小梨の頭上で髪鞭が目にも止まらぬ速度で旋回する。落下してくる暗器を弾き落としていく小梨だったが、その右腕に何かが絡みつく。

「!」

 否、右腕だけではなく、左手首、胴、右膝、左足首などに何かが巻きつき、小梨を拘束する。頭上からの暗器で小梨の意識を上に向けさせ、本命の暗器を直線軌道で放った怎鬼の罠だった。

「捕まえただぁよ。手を掛けさせられただぁね」

 怎鬼は小梨を拘束した暗器の反対側をロープ、コーナーポストなどに絡みつかせ、身動きがつかなくなった小梨の肢体をじっくりと見つめる。

「やっぱり最初は、この出っ張ったとこからがえぇだぁね」

 怎鬼の両手が、制服を押し上げる小梨の胸元へと伸ばされる。

「おっぱいの大きい娘っこだぁね。揉みがいがあるってぇもんだぁよ」

 制服の上からでも、みっちりと詰まった肉感がわかる。その張り詰めた両胸を鷲掴みにし、怎鬼はだらしなく顔を歪める。

「たまんねぇだぁ、たぁまんねぇ」

 何度も生唾を飲み込みながら、怎鬼は小梨の爆乳を揉み回す。しかし小梨は唇を閉じたまま、顔を背けてじっと耐える。

「それじゃ俺も・・・」

 レフェリーが小梨へと手を伸ばそうとした瞬間だった。

「おらの獲物だ!」

 表情を豹変させた怎鬼が、レフェリーを蹴り飛ばす。確実に鳩尾を抉った一撃に、素人のレフェリーは倒れたまま動かなくなる。

「まぁったく、とんでもねぇ奴だぁ」

 自分がとんでもないことをしておきながら、怎鬼は怒りに鼻息を荒くする。

「邪魔もんが居なくなったとこで、どぉれ、続きだぁ」

 怎鬼は小梨のミニスカートをずらし上げ、タイツに包まれたパンティを露わにする。そのまま小梨の股間に顔を寄せ、思い切り鼻から息を吸う。

「おうおう、おぼこ娘の匂いがするだぁよ」

 溢れ出る涎を拭おうともせず、怎鬼は小梨の秘部の匂いを嗅ぐ。

「ああ、たまんねぇだぁ」

 匂いに魅かれたように、怎鬼は小梨の秘部に吸いつく。タイツの上からパンティを舐め回し、唾液塗れにしていく。かなりの気持ち悪さと嫌悪感が生じている筈だが、小梨は声も上げず、怎鬼の淫ら責めを耐える。それでも何度か腰が震えるのは隠せない。

「・・・ふへぇ」

 うっとりとした表情で、怎鬼は立ち上がって口を拭う。

「あぁ、えぇ匂いだぁ・・・おら、もうぞっこんだぁよ」

 怎鬼の目に狂気の色が混じり出す。

「決めただ。おめぇをおらの嫁っこにしてやるでなぁ」

 欲望に顔を歪ませ、怎鬼は宣言する。

「どら、誓いのちっすでもさしてもらおうかぁね」

 怎鬼が唇を突き出し、小梨に顔を寄せる。その瞬間、小梨が首を振った。それは、首を振るというには鋭過ぎる動きだった。

「ひぎゃっ!」

 怎鬼が苦鳴を上げる。怎鬼が離れたのを確認もせず、再び小梨が首を振る。そのたびに小梨を拘束していた暗器が断たれていく。

 その正体は、小梨の黒髪だった。髪鞭同様、手入れの行き届いた髪を使って怎鬼の目を叩き、拘束していた暗器を斬ったのだ。自らの髪の長さを計算し、怎鬼が隙を見せるまでセクハラを耐えた小梨の精神力は凄まじい。

「・・・こんの、無礼もんがぁ。旦那さまになにをするだぁ!」

 口から泡を飛ばしながら、怎鬼が暗器を飛ばす。しかし、先程まで小梨を縛めていた暗器により逆に絡められ、一纏めにされてしまう。

「なんてことするだぁ、これじゃぁ・・・」

 焦る怎鬼だったが、小梨を捕えるために使った暗器はロープやコーナーポストに巻きつけてしまっている。それに絡められたため、自分の操る暗器も動かすことができない。

 暗器を切り離すか否かを迷う怎鬼の前に、小梨が立つ。

「よ、嫁っこが逆らうでねぇ・・・ひぶべっ!?」

 小梨の髪鞭が、怎鬼の喉へと叩き込まれた。

「えげっ、へげぇ・・・ぶべらっ!」

 呼吸ができずに苦しむ怎鬼の首に髪鞭が巻きつき、持ち上げ、脳天からリングへと叩き落とす。


<カンカンカン!>


 怎鬼が倒れた瞬間、試合終了を告げるゴングが鳴らされていた。怎鬼も、レフェリーも倒れたままのリングを後にし、小梨は花道を下がっていく。

 その背に卑猥な野次が飛ばされるが、それ以上に純粋な歓声も送られていた。しかしどちらにも反応は見せず、小梨は淡々と花道を退場していった。



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