【第三十九話 堂倶燕:八極拳】

 犠牲者の名は「堂倶(どうぐ)燕」。18歳。身長148cm、B80(Cカップ)・W53・H79。猫を思わせる吊り目が特徴的で、黙っていれば(キッズ)モデルと間違われることもある。長めの髪に軽いブリーチを入れ、襟足で一纏めにして三つ編みにしている。現在は短大の一年生。
 幼い頃から背の低さがコンプレックスだった燕は、身長のことを言われた途端にぶち切れ、相手が男子でも泣いて謝るまで許さないという女の子だった。そんな彼女につけられたあだ名が「癇癪玉」。
 ゲームが好きな燕は中学生のときに格闘ゲーム「バーチャファイター」と出会い、八極拳の使い手である結城晶というキャラに惚れ込んだ。それ以来、燕は画面の中で躍動する晶の動きを必死に真似、「バーチャ流八極拳」とでも言うべき格闘スタイルを確立させていった。真似とは言えその一撃の威力は半端でなく、電車で友人に痴漢した男を駅に引き摺り下ろし、鉄山靠で3m以上吹っ飛ばして失神させたこともある。(後で痴漢した男共々警察に絞られる羽目になったが)
 独自に築き上げた戦闘力に目をつけられ、燕は<地下闘艶場>へと誘い込まれた。


 燕に用意された衣装は、普通の浴衣だった。
「うわー、ゲームの中のキャラじゃあるまいし、こんな格好で闘えっての?」
 燕は渡された浴衣を指で摘み、嫌そうに顔を顰める。
「『用意された衣装で闘う』というのは契約の項目の一つです。それとも、ここで逃げ出しますか?」
「逃げるなんてするわけないじゃん! もう、着替えるから出てって!」
 綺麗な女性黒服の言葉に、挑発だとわかっていても啖呵を切ってしまう。
「そうですか、それでは急いで準備してください。時間が迫っておりますので」
 一礼して出て行く黒髪の女性黒服。一瞬、呼び戻して衣装の変更を申し出ようとも思ったが、控え室のドアが閉まってはそれも躊躇われた。
「・・・しょうがないかー」
 燕は私服を脱ぎ捨てて浴衣に着替え、帯を締める。案の定、少し動いただけで太ももが覗き、下手すれば下着まで見えてしまう。
「見せパン持って来ればよかった・・・」
 後悔してももう遅い。燕は恥ずかしさを堪え、柔軟運動で体をほぐした。

 花道を進む燕に、観客席から卑猥な言葉が投げられる。これは睨むだけで耐えていた燕だったが、「チビ」という単語が聞こえた途端、その方向に向かって突進する。
「今人のこと『チビ』呼ばわりした奴は誰だぁっ!」
 犯人に暴力を振るいかねない勢いに慌てて黒服が制止し、花道を引きずってリングへと押し上げる。この騒動に、会場が静まり返った。

 鼻息荒く会場を睨めつける燕だったが、リングの上に男性しかいないことに気づくと冷静さを取り戻す。
「ちょっと待った、私の対戦相手は?」
「目の前にいるじゃないか。腕試しにはもってこいだろ?」
 蝶ネクタイを締めたレフェリーらしき男が、もう一人の男を指差して唇の端を歪ませる。
「それとも、男相手じゃ闘えないか? それならここでお引取りになっても結構だぞ」
 レフェリーの挑発的な態度に、燕が負けん気剥き出しで噛み付く。
「逃げるなんてしないよ! 上等だよ、やってやろうじゃん!」
 燕の宣言に、レフェリーが嫌な笑みを浮かべた。

「青コーナー、蒲生漣次!」
 燕の対戦相手は、<地下闘艶場>には久々の参戦となる蒲生だった。沢宮琴音に噛まれた舌も漸く癒え、気合の乗りが違う。
「赤コーナー、『クラッカー』、堂倶燕!」
 全身に気迫を漲らせた燕に、観客から嘲るような声が掛けられる。しかし、もう身長に関しての野次は聞かれなかった。

 リング上、燕と蒲生が向かい合う。二人の身長差は頭一つどころか、一つ半以上はあった。
「お嬢ちゃん、今日は楽しませて貰うぜ」
 どこか引っかかるような発音で挑発する蒲生に、燕も中指を立ててお返しする。
「下品なチビだガボッ!」
 チビ、の単語が耳に届いた瞬間、燕の体が弾けるようにして距離を詰め、肘を叩き込んでいた。
 <裡門頂肘>。
 不意の一撃に、蒲生がリングに倒れ込む。
「まだゴングは鳴ってないぞ!」
 レフェリーが慌てて羽交い絞めにする。
「誰がチビだこらぁっ! もう一回言ってみろ!」
 レフェリーの制止など耳に入らず、燕はレフェリーごと引きずるように前へ突進しようとする。レフェリーは舌打ちすると浴衣の合わせ目から手を入れ、バストを掴んで揉む。
「ど、どこ触ってるんだよ!」
 このセクハラ行為に燕も我に返り、レフェリーから逃れようと暴れる。その間に蒲生が腹部を押さえて立ち上がった。
「こんの餓鬼、舐めた真似してくれるじゃねえか!」
 回復した蒲生が怒りの表情のまま突進し、レフェリーに捕らえられた燕へキチンシンクを突き刺す。
「あぐぅっ!」
 容赦ない攻撃に鳩尾を押さえ、燕が苦悶する。ここで漸くゴングが鳴らされる。

<カーン!>

 リングへ倒れ込んだ燕にストンピングを入れていた蒲生だったが、裾から覗く太ももに気づくと、舌舐めずりして燕に圧し掛かる。
「生意気なくせに身体は色っぽいじゃねえか」
 太ももを撫で回し、顔を舐め回す。
「うっ、ぐぅ・・・」
 腹部の痛みに強い抵抗もできず、燕はなすがままになっていた。しかし体が痛みから回復していくにつれ、痛みを不快感が上回る。
「気持ち、悪いんだよっ!」
 下から肘を振り、こめかみを打つ。不完全な状態からの攻撃はたいして効きはしなかったが、蒲生の下から逃れることはできた。
「くっそぉ、人の顔を舐め回しやがって・・・犬か!」
 文句を言いながら浴衣の袖で顔を拭い、蒲生の唾を拭き取る。
「犬とはご挨拶だな。まあいい、お前の下の口が涎を垂らすまで嬲ってやるよ」
 この蒲生の下品な物言いに、燕が反射的に裡門頂肘を放つ。
「二度も喰らうかよ!」
 蒲生は左にかわしながらラリアットをカウンターで合わせる。
「あぐふっ!」
 蒲生は喉元を押さえて蹲る燕の上半身を無理やり引き起こし、ストレッチプラムに捕らえる。
「うぐぅ・・・い、息が・・・」
「苦しいか? 安心しろ、それだけじゃないからな」
 蒲生はストレッチプラムの体勢から右手を外すと襟元を大きく広げ、ブラの上からバストを捏ね回す。
「思ったよりもサイズがあるし、弾力が凄ぇな」
「く・・・そ・・・やめ、ろぉ」
 燕は気管を絞められる苦しさとバストを弄られる刺激に身悶える。
「堂倶選手、ギブアップか?」
 レフェリーは蒲生の左側に跪くと燕の左のバストを揉み、白々しくギブアップの確認をする。
「レ、レフェリーが触るなんて・・・酷いぞ・・・!」
「何を言ってるんだ、俺はギブアップの確認をしてるだけじゃないか」
 燕の言葉に、レフェリーはバストを揉みながら答える。首を絞められ、両方のバストを別々の男に揉まれる。こんな屈辱を黙って受け入れる燕ではなかった。
「こんの・・・野郎っ!」
 右足を跳ね上げ、蒲生の顔面を打つ。その瞬間燕の下着が裾から覗き、それを見た観客から指笛が鳴らされる。燕のバストに夢中になっていた蒲生は強かに顔面を蹴られ、ストレッチプラムを解いてしまう。燕はレフェリーの手を弾き、素早く立ち上がる。
「レフェリーのくせに、堂々とセクハラしてくるっていうのはどういうことだよ!」
 レフェリーに凄い剣幕で詰め寄り問い詰める燕だったが、勝負の最中に取っていい行動ではなかった。背後から軽々と抱えられ、蒲生の膝に背中をぶつけられる。
「ぐふぅっ!」
 苦鳴を洩らす間もバストを押さえられ、揉まれてしまう。
「レフェリーに文句をつけるもんじゃないぜ。わかってるか? ん?」
 蒲生は左手でバストを揉みながら右手で裾を割り、下着の上から秘裂をなぞる。
「どどど、どこ触ってんだっ!」
 秘裂を触られた瞬間、燕の右足が蒲生の即頭部を蹴った。
「いてっ! この、癖の悪い足だな!」
 蒲生は燕の両足首を掴むと立ち上がり、そのまま引っ張って宙吊りにしてしまう。
「ば、バカ、放せよ!」
「誰が放すか。しかしいい眺めだな。縞パンがよく見えるぞ」
「!」
 蒲生の一言に、燕は反射的に裾を押さえ、下着を隠そうとする。
「ほーら、高い高〜い」
 大倉は燕の両足を掴み、何度も持ち上げる。両足を広げられることで裾が割れ、燕の青と白の縞々バンツが観客の目にも晒される。
「やめろぉ! だめだって、やめろ、嫌だぁ!」
 必死に縞パンを隠そうとするが、揺すられるたびに手が外れ、結果として隠しては見せるという扇情的な行為になってしまう。
「くくっ、ちっこいから簡単に持ち上げられるぜ。なあおチビさん?」
「・・・誰がチビだぁっ!」
 蒲生が洩らした禁句に、燕が即座に反応する。腹筋の力で上体を跳ね上げ、掌底で蒲生の顔面を打つ。この奇襲に驚き、蒲生は燕を放してしまう。燕は華麗に降り立つと、素早く体勢を整える。
「ここまで接近できてれば!」
 踏み込んだ左足を軸として腰を時計回りに回転させ、右足で地面を蹴ると同時に腰を落として左足も回転させ、体の中で生まれた回転エネルギーを背中に集めて相手へとぶつける。
 <鉄山靠>。
 結城晶の代名詞でもあり、燕の得意技でもある一撃が蒲生のどてっ腹を抉る。
「ぐっ、くそ・・・」
 強烈な一撃だったが、これを耐えた蒲生は燕を捕らえようと両腕を広げる。しかし燕の反応が早かった。
「そいやぁっ!」
 燕は体を伸び上げるようにして思い切り左拳を突き上げる。
 <揚炮>。
 顎の跳ね上がった蒲生に、更に二段蹴り<連環腿>で追撃する。
「ん・・・ぐぉ・・・」
 それでもレスラーとしての意地か、蒲生はダウンを拒んで立ち尽くす。
「これでも倒れないか・・・タフな奴。でも、これでどうだっ!」
 龍槍式から馬歩頂肘に繋ぎ、即座に鉄山靠を叩き込むという<修羅覇王靠華山>が炸裂する。鉄山靠でコーナーポストに叩きつけられた蒲生が、ゆっくりとリングへ倒れていく。
「・・・っと、今回はプロレスのルールだったっけ」
 燕は蒲生を引っ繰り返して押さえ込み、レフェリーを睨む。
「ほら、カウント!」
「くそぉ・・・ワーン・・・ツー・・・」
「なんでそんなゆっくりなんだよ!」
 まさか燕を勝たせたくないためとは言えず、レフェリーは渋々三度目のカウントを取る。
「・・・スリーッ!」

<カンカンカン!>

「いやっ・・・たー!」
 燕が立ち上がって飛び跳ねた途端、観客から拍手が送られる。
(私の勝ちっぷりが良かったから、魅了されたかな?)
 そのことに疑問も持たず、燕は観客席に手を振る。そのたびに観客席からは拍手や指笛が返ってくる。
 気持ちよく手を振り返していた燕だったが、観客の反応が賞賛とは違うことに段々と気づき始める。観客の視線が集中する部分に目線を下ろしていくと、とんでもないことに気づく。
「・・・わぁぁぁっ!」
 なんと帯が解けており、ブラと縞パンが思い切り剥き出しになっていたのだ。
「見るなーーーっ!」
 慌てて前を押さえてリングから転がるように降り、花道を全力でダッシュする。その姿は、癇癪玉ならぬ鉄砲玉を思わせた。


第三十八話へ   目次へ   第四十話へ

TOPへ
inserted by FC2 system