【第五十三話 宇賀原夏花:剣道】

 犠牲者の名は「宇賀原夏花(なつか)」。17歳。身長159cm、B83(Dカップ)・W54・H79。黒髪をボブカットにし、よくヘアバンドをしている。祖父から剣道を仕込まれ、祖父が亡くなった後は近くの剣道道場に通って修練に励んだ。
 つい先日、大好きな祖母が心臓の発作で倒れ、病院へ担ぎ込まれた。祖母の容態は一進一退を繰り返し、予断を許さない状態が続いた。毎日祖母のお見舞いに行く夏花だったが、祖母の意識は混濁し、集中治療室へと移された。心配に胸を痛める夏花に<地下闘艶場>が近づいたのは、そのときだった。
「もし出場して勝利すれば、祖母をもっといい病院に転院させ、治療費も払う」
 この好条件に夏花は飛びついた。自分の剣の腕には自信があったし、自分が闘うことで祖母を救えるならそれに縋りたかった。胡散臭さからは目を逸らし、夏花は出場を承諾した。


「え・・・」
<地下闘艶場>控え室。夏花に渡された衣装は剣道着だった。酷く布地が少ないことを除けば、だが。上着に袖はなく、脇には袖口から大きく切れ目が入れられている。袴は膝上までカットされ、ご丁寧にスリットまで入っている。
「ちょっと待ってください、なんですかこれ!」
「今日着て頂く衣装ですが、なにか?」
 黒髪を短めにカットしている美人黒服は、そう言って夏花を見つめる。その静かな迫力に気圧されてしまう。
「でも・・・こんなの・・・」
「こちらが用意した衣装を着て試合をするのも契約の内です。観客の皆様もお待ちですので、早めにご準備ください」
 女性黒服は一礼して控え室を後にし、衣装を手に固まった夏花が残された。

 花道を進む夏花にはスポットライトが浴びせられ、観客席からは声援と野次が飛んでくる。その内容は冷やかしと卑猥なものが半々だった。
 改造剣道着姿で進む夏花だったが、胸元はすぐに開きそうになり、歩くたびに裾が割れて下着のサイド部分が見え隠れする。脇の下の大きく空いたスペースからはブラがチラチラと覗き、襟元からは胸の谷間が確認できる。
(まったく、なんなのこの会場にこの観客にこの衣装は!)
 怒りに任せて足音高くリングへと向かう。顔を上げると、リングの上には男性しかいなかった。
「男の人が相手・・・」
 好条件の裏に隠されていたのは、夏花の想像以上の淫獄のリングだった。
(おばあちゃん・・・!)
 それでも大好きな祖母を思い出し、夏花は竹刀を手にリングへと上がった。

「赤コーナー、湖童陣!」
<地下闘艶場>初登場となる湖童は袖無しの黒い道衣を身に着け、帯の両サイドに見慣れぬ金属製の武器を刺している。
「青コーナー、『サムライガール』、宇賀原夏花!」
 夏花は羞恥を堪え、竹刀を逆手に持って一礼する。
 今回は武器戦のため、ボディチェックが行われることもなく試合が開始される。

<カーン!>

 正眼に構えた夏花の持つ竹刀は、通常の長さよりもだいぶ短いものだった。脇差とは言わないが、小太刀程度しかない。対する湖童は両手に一本ずつ奇怪な武器を持っている。十手にも思えたが、形状が違う。
(あれは何? 見たこと無いけど)
 湖童の武器は釵(サイ)だった。30cm程の鉄の棒だが、先端は尖り、柄側には滑り止めの革が巻かれ、鉄と革の境目から水牛の角のようなものが二本ずつ、それぞれ反対方向に突き出ている。それを手にじりじりと間合いを詰めてくる。
「イヤァッ!」
 気合と共に夏花の面打ちが湖童を襲う。しかし普段より短い竹刀に目算が狂い、かなり手前を空振りしてしまう。それでも素早く竹刀を手元に掻い込み、隙は作らない。
(落ち着け、落ち着けば大丈夫だから、落ち着いて・・・)
 必死に自分に「落ち着け」と言い聞かせる夏花だったが、それは少しでも緊張を誤魔化そうとするためだった。心臓は早鐘を打ち、汗が頬を流れる。
 湖童が、一歩足を踏み出した。
「っ!」
 その分だけ、夏花の足は後ろへと下がっていた。
(! 下がってちゃ駄目、前に、攻撃に行かなきゃ!)
「イヤァッ!」
 リングのキャンパスを蹴り、一気に間合いを詰め、湖童の顔面に竹刀を振り下ろす。鋭い一撃だったが、湖童は夏花の面打ちを釵を交差させることで受け、同時に蹴りを放つ。
「えぐっ!」
 腹部にまともに喰らった夏花の動きが止まる。その隙を衝き、湖童の釵が一閃する。
「!」
 ぎりぎりでかわしたつもりだったが、釵の切っ先が夏花の剣道着の胸元を切り裂いており、そこからもブラが覗く。
「きゃっ」
 乙女の本能で、咄嗟に胸元を隠していた。
「ちっ」
 夏花のこの行動に、湖童が舌打ちする。
「所詮女か。下着が見えたくらいで動揺しやがって!」
 吐き捨てるように叫ぶと、両手で釵を突き出す。釵の先端は、夏花の顔面を狙っていた。
「!」
 夏花は顔を捻ることでなんとかこれをかわす。
(この人、本気で目を狙ってきた!)
 湖童の容赦ない一撃に、夏花は恐怖を覚えた。恐怖は筋肉を縮こまらせ、動きを鈍らせる。最早実力を示すどころの話ではなかった。休みなく襲い掛かる湖童の釵を、竹刀で懸命に打ち払っていく。
 再び、湖童の釵が夏花の目に伸びてきた。
「ひっ!」
 夏花は思い切り竹刀を振って釵を払っていた。次の動きなどまるで考えていない、恐怖からの反応だった。
 湖童は手元に残していた釵の突起部分に指をかけ、瞬時に釵の向きを変える。変えると同時に捻りを加えながら突き出す。
「しまっ・・・!」
 石突きの部分が鳩尾にめり込む。痛みに竹刀を取り落としてしまい、鳩尾を押さえて呻く。不意に背中を衝撃が襲い、リングへと倒れ込んだ。
「あ・・・がはっ・・・」
 湖童が釵の側部で夏花の背中の急所を叩いたためだった。湖童は釵を帯に挟み、泰然と立っている。
「ちっ・・・ワン・・・ツー・・・」
 湖童がなにもしないと見たレフェリーが、テンカウントを進めていく。
(勝つんだ、私が勝たなきゃ、おばあちゃんが・・・!)
 このまま寝ていては負けてしまう。勝利を掴むためにもがく夏花だったが、気力だけで立ち上がることはできなかった。足掻いても足掻いても、カウントだけが進んでいく。
「・・・ナイン・・・テン!」

<カンカンカン!>

 テンカウントが取られ、無情のゴングが鳴らされた。自分の敗北を告げる金属音は、夏花の心も抉った。
 ゴングが鳴った瞬間、湖童は憮然とした表情のままリングを降りた。それを横目に睨みつつ、レフェリーが横たわる夏花の側にしゃがみ込む。
「宇賀原選手、もう一試合する気はあるか? 勝てなくてもいい試合をすれば、婆さんの転院と治療費をこっちが持とうじゃないか」
 この提案に、夏花の瞳に喜色が浮かぶ。
「ただし、今度はプロレスルールだ。武器の使用は認められん。どうする?」
 武器の使用は認められないとは、竹刀を使えないということだ。つまり、夏花の剣道の技術で闘うな、と言われたに等しい。
「・・・やります。やらせてください」
 それでも、夏花に選択権はなかった。祖母を救うチャンスならば、しがみついてでも放してはいけない。震える膝を叩き、両足でリングに立つ。必死な夏花を見るレフェリーの顔に浮かんだ笑みは、男の欲望の形をしていた。

 湖童の代わりにリングに上がったのは、長めに伸ばした髪を茶色く染めた、チャラそうな若い男だった。あちこち破れた夏花の改造剣道着を見て、一人にやけている。夏花は無意識の内に身体を庇っていた。

「赤コーナー、『ヘタレキング』、早矢仕杜丸!」
 早矢仕に投げられたのは観客からの声援、ではなくブーイングだった。<地下闘艶場>の男性選手の中でも弱さは折り紙つきで、こいつで大丈夫かという視線が圧倒的だ。
「青コーナーは本日二試合目、『サムライガール』、宇賀原夏花!」
 夏花の衣装は改造剣道着のままだった。ただでさえ露出度が高かったのに、先程の試合で湖童に胸元を切り裂かれブラが露出している。夏花は衣装を替えて欲しかったが、自分から要望を出すことを躊躇った。夏花の心が、試合前から怯えていた証拠だった。

「さて、それじゃボディチェックを受けてもらおうか」
「え? ボディチェックって?」
 先程の試合ではなかったボディチェックに、夏花の顔が不審の色となる。
「この試合は武器の使用が認められないと言っただろう? つまり、凶器を隠し持っていないかどうか調べなきゃいけないのさ」
「そんな・・・!」
 凶器を調べるという名目で、夏花の身体を触ろうという魂胆だろう。
「嫌ならいいんだぞ、お前の婆さんが苦しむだけなんだからな」
 しかし、そう言われては拒める筈もなかった。
「・・・ボディチェックを、してください」
 夏花はうなだれ、レフェリーはにやりと笑う。
「それじゃ、おとなしくしてるんだぞ」
 そう言うとレフェリーは夏花に近づき、太ももを粘っこい手つきで撫で回す。
(太もも触る必要なんてないのに、なんで・・・)
 夏花の疑問は当然だったが、それを口に出すことはなかった。レフェリーの手は太ももから放れ、夏花の横腹へと動く。
「ほほぅ、細い腰だな。よく絞ってあるし、剣道の練習も頑張ってるんだろうな」
 レフェリーは本気で感心した声を出し、お腹から腰を無遠慮に触る。夏花が気色悪さと少しのくすぐったさを耐えていると、レフェリーの手はバストまで掴んできた。
「スレンダーなのに、出るところは出てるじゃないか」
「な、何してるんですか!」
 夏花は慌ててレフェリーの手から離れたが、レフェリーの冷たい視線に動きを止める。
「なんだ、ボディチェックを拒むのか? それなら、試合はできんぞ。ってことは、お前の婆さんの病気は今のまま、ってことだ。冷たい孫だなぁ」
 こう言われては、夏花に拒むことはできなかった。
「・・・ごめん、なさい。もう逃げませんから・・・」
「いいんだぞ、無理しなくても。なんならこのまま帰っても・・・」
「お、お願いします! 試合しなきゃ、お婆ちゃんの転院がなしになる! 我慢するから、ボディチェックを!」
 必死に言い募る夏花の様子に、レフェリーがわざとらしく頷く。
「そうか、そこまで言うならしょうがないな。じゃあ、もう逃げるなよ」
「・・・はい」
 夏花が承諾の返事を返した途端、レフェリーの手が夏花のバストを鷲掴みにした。
「少し固さがあるが、彼氏に揉まれたりはしないのか?」
「そ、その質問はボディチェックと関係ないです。答えたくありません」
「そうか、彼氏はいないのか。なら、俺が揉みほぐしてやるよ」
 なにが「なら」なのかはわからないが、レフェリーは夏花のバストを強めに揉み始める。
「い、痛っ・・・」
「少しぐらい我慢するんだ。試合をしたければな」
 レフェリーのにやつきながらの科白に、夏花は唇を噛みしめた。
(こ、こんな人に胸を自由にされるなんて! でも、お婆ちゃんのためだもん、耐えなきゃ、耐えなきゃ・・・!)
 そう思っても、痛みと不快感が消えるわけではない。
「も、もういいでしょ? そろそろ・・・」
「何だと? もうやめろってことは、何か隠しているな。ならもっと調べなきゃな!」
「そんな・・・」
 レフェリーは延々とバストを揉み続け、夏花はひたすら耐え続けた。

「よーし、胸を揉むのもこれくらいにしておくか」
 レフェリーがようやく夏花から離れ、ゴングを要請する。

<カーン!>

 ゴングが鳴ったことで、夏花の気持ちが引き締まる。いつまでも不快感と嫌悪感に身を浸している時間はなかった。
(素手で闘ったことなんかないけど、やるしかない!)
 意気込みだけはあったが、どう構えていいかもわからなかった。テレビで見た格闘技の選手のように、見よう見真似で構えてみる。
「えへへ〜、夏花ちゃん、素手で闘ったことはないみたいだね。構え方が素人丸出しだよ?」
 自分の実力は棚に上げ、早矢仕が夏花に指摘する。
(それでも、私は闘うしかないんだから!)
「えいっ! やあっ!」
 掛け声だけは勇ましく、夏花は早矢仕に殴りかかっていく。しかし、竹刀を握っていたときの動きとは天と地ほどの差があった。
「そんな攻撃当たらないってば。ほーら、捕まえたー!」
 早矢仕は夏花のパンチを避け、後ろから抱きしめる。その手はバストを掴んでいた。
「試合中です! 触らないで!」
「なんで? 反則じゃないよ?」
 嫌がる夏花の態度など気にせず、早矢仕は夏花のバストを揉み始めた。
「あ、ホントにちょっと固め。いけないなぁ、俺が柔らかくほぐしてあげる!」
 早矢仕は夏花のバストを力一杯揉みしだく。
「痛い! 触らないで変態!」
「そんなこと言う悪い子は、お仕置きだー!」
 早矢仕は改造剣道着の後ろ襟を持ち、引き下ろしてしまう。
「や、ちょっと何を!」
 これで夏花のブラが完全に姿を現してしまう。
「ブラジャー丸見えの刑! 次はブラの上からおっぱい揉まれちゃう刑だー!」
 早矢仕は鼻息も荒く夏花のバストを揉みくちゃにする。
「痛い! そんな無茶苦茶に・・・」
「宇賀原選手、ギブアップか?」
「きゃぁぁっ!」
 早矢仕にバストを揉まれていた夏花にレフェリーが近寄り、股間を撫でる。
「やめて、そんなとこ触らないで!」
「さっきのボディチェックでここを調べるのを忘れてたからな。仕方ないだろう?」
 レフェリーは厭らしい笑いを浮かべたまま夏花の秘部を弄り続ける。
「レフェリーずるいっすよ、俺まだそこ触ってないのに」
「うるさい、お前はおっぱいだけで我慢しとけ」
「ちぇー」
(この人達、勝手なこと言って・・・!)
 レフェリーと早矢仕の自分勝手な会話に怒りを覚え、夏花が必死になって暴れる。しかし、早矢仕の腕の中から逃れることはできなかった。
「そろそろ諦めようよ夏花ちゃん。剣道しか知らない子が、素手で闘えるわけないじゃん」
 早矢仕が夏花のバストを揉みながら、莫迦にしたように言い放つ。
(それでも、お婆ちゃんのためだもの!)
 諦めずに暴れ続ける夏花の足が、偶然早矢仕の足を踏みつける。
「あいたーっ!」
 突然のことに驚いた早矢仕は、夏花の拘束を解いてしまう。夏花はレフェリーの手を振り払い、男達から離れる。
(この人の言うとおり、私は剣道しか知らない。なら、剣道で闘うしかない!)
 祖父が常に口にしていた「明鏡止水」。腹を括った夏花は、一瞬ではあるがこの域に達していた。
(私には剣道しかない。格闘技の物真似したって駄目だもの)
 手に竹刀はないものの、中段の構えを取る。そこには鍛えた年月を思わせる落ち着きがあった。
「しょ、所詮素手じゃないか。そんな構えしたって・・・」
「面―――っ!」
 思い切り飛び込み、面を打つ。否、面打ちの要領で腕を振る。その一撃は早矢仕の顔面へとめり込み、早矢仕は鼻血を噴き出しながら倒れ込んだ。
「あ、この馬鹿!」
「レフェリー、カウントを!」
 早矢仕を罵るレフェリーに、これがプロレスルールだと思い出した夏花がカウントを要請する。
「くそっ、あれだけ油断するなって言ってるのに・・・ワーン・・・ツーゥ・・・」
 早矢仕を睨みつけ、カウントを少しでも引き伸ばそうとしたレフェリーだったが、早矢仕は大の字に伸びたままだった。
「ちっ・・・スリーッ!」

<カンカンカン!>

 スリーカウントが入り、夏花の勝利を告げるゴングが鳴らされた。
「勝った・・・」
 ゴングを聞き、漸く勝利の実感が湧き上がる。
(お婆ちゃん、勝ったよ! いい病院に移れるよ!)
 夏花は沸き上がる涙を必死に堪え、リングを後にした。


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