【第五十六話 九峪志乃:プロレス】

 犠牲者の名は「九峪(くたに)志乃」。27歳。身長166cm、B85(Dカップ)・W64・H87。元プロレスラーで、現在は「JJJ」のレフェリーを務めている。腰まである髪をオールバックにして後ろで一纏めにしており、荒削りな彫刻を想わせる日本人離れした彫りの深い美貌で、現役時代もファンが多かった。今は柔和な目をしているが、現役時代は「鬼九」と呼ばれたヒールレスラーだった。
 志乃はかつて「JJJ」の主力選手だった。しかし25歳のとき、慢性的な故障を抱えていた両膝に致命的な大怪我をし、大規模な手術を受けた。日常生活には不自由ないほどに回復したが、もう二度とプロレスはできなくなってしまった。失意の志乃に、「JJJ」の社長である斉原楓はレフェリーとしての再出発を提案した。悩んだ志乃だったが、プロレスと「JJJ」という団体への愛情がレフェリーへの転進を決意させた。
 こうしてレフェリーとして経験を積んできた志乃に、<地下闘艶場>から誘いの手が伸びた。初めての女性レフェリーという名目の嬲りの対象として。


「なあ志乃、他の団体でレフェリーやってくれないか?」
 社長室に入った途端に女社長の斉原楓から唐突に言われ、志乃の顔にハテナマークが幾つも並ぶ。
「一回だけでいいんだ。ギャラもいいし、お前の取り分も多めに配分する。な? いいだろ? よし、決定!」
 反論もできぬまま追い立てられ、志乃は<地下闘艶場>へと向かわされた。


 志乃に用意された衣装は、レフェリー用の衣装だった。正確に言えば、それに似たもの、ということになるが。上着は襟付き縦縞ストライプの半袖シャツ、下はズボンではなく黒のミニスカート。
「これ・・・なに?」
「なにと言われましても、今日の衣装ですが」
 志乃の疑問も、黒髪の女性黒服に簡単に跳ね返されてしまう。
「いや、衣装はわかってるけどね。でも、私今日レフェリーだよね?」
「ええ、そうです。ですからレフェリー用の衣装です」
「これが?」
「ええ」
 何度聞き返しても望む答えは返ってこない。志乃はため息をつき、一礼して控え室を出て行く女性黒服を一瞥もせず、渡された衣装に着替えた。
 着替えてみると上着の胸元にはボタンがついておらず、胸の谷間どころかブラまで見えてしまいそうだ。下のミニスカートは辛うじて下着を隠してくれている。
「本当に私、レフェリーとして呼ばれたのかな」
 その疑問は真実を突いていたが、この時点では志乃にわかろう筈もなかった。

 最初にリングに上がった志乃を見て、観客席から口笛が起こる。現役時代よりも太ってしまったが、それは筋肉質だった身体に適度な脂肪をつけ、女性らしい丸みを帯びたシルエットを与えていた。膨らんだ胸元とそこから覗く胸の谷間、ミニスカートから伸びたむっちりとした太もも。脚部を隠すのは靴下とスニーカーしかない。この女性らしいプロポーションは、量が落ちたとはいえ今もトレーニングを続けている賜物だろう。
(やだな、見世物になった気分)
 実際、観客にとっての志乃は見世物でしかなかった。これから起こるであろう光景を予想し、観客席から獣欲が滲み出ていた。

 志乃に遅れて、リングに今日対戦する二人の選手が上がる。
「赤コーナー、『ノーペイン』、尾代呑太!」
 ひょろりとした肉付きの薄い男に、観客席からも不安の声が上がる。
「青コーナー、『女王様』、茨木美鈴!」
 もう一人は、黒革製のボンデージスーツに身を包んだ長身の女性だった。露出度の多い衣装を着ていても、まるで恥ずかしがる素振りを見せない。
「そして、今日レフェリーを務めますのは『JJJ』の美貌のレフェリー、九峪志乃です!」
 マイクコールで志乃の名前が呼ばれると、観客席がまた沸く。志乃の胸の谷間や太ももには、観客からの無遠慮な視線が送られていた。
(ミックスマッチか・・・社長も教えてくれてればいいのに)
 そんなことを考えながらも、レフェリーとして選手を呼び寄せ、諸注意を与えてから両者にボディチェックを行った志乃だったが、自分に向けられた美鈴の笑みがどうにも気に入らなかった。
(駄目駄目、先入観を持っちゃ公平なレフェリングができない)
 胸に浮かんだ感情を掻き消し、両者を下がらせた後ゴングを要請する。

<カーン!>

 ゴングと同時に美鈴が突進し、尾代からタックルでダウンを奪う。
「おっと、いきなりっスね」
 尾代は美鈴のバストを掴み、美鈴が怯んだところでその下から逃げ出す。
「さすが女王様、いいおっぱいをお持ちっスね」
「私のバストを、気安く触るんじゃないわよ!」
 美鈴が尾代の金的を容赦なく蹴り上げると、痛みに強い筈の尾代が股間を抑えて必死に堪える。
「ふふっ、男独特の痛みはどうかしら?」
 髪をかき上げる美鈴に志乃が注意する。
「金的は反則よ!」
「あら、ごめんなさい。胸を触られたからカッとなっちゃって」
 美鈴は妖艶な笑みを浮かべると、痛みに呻く尾代を蹴倒してフォールする。
「ほーらレフェリー、カウントして?」
 美鈴の呼びかけに志乃は腹這いになろうとするが、自分がミニスカート姿であることを思い出し、正座したような姿勢で股間を隠しながら、右手だけでリングを叩く。
「ワン、ツー、ス・・・」

(ぉぉぉ・・・)

 スリーカウント寸前で尾代の肩が上がり、観客席から安堵のため息が洩れる。
「ちょっとレフェリー、今のはスリーカウント入ってたわよ!」
 納得いかない様子の美鈴が志乃に食ってかかる。
「いえ、今のは寸前で肩が上がっていたわ。だから・・・ちょっと、触らないで」
 美鈴は志乃の胸倉を掴んでいたが、バストに手の甲を押しつけるようにして刺激してくる。
「そんなこといって話を逸らさないでくれる? だいたいね、男の肩を持つっておかしいでしょう?」
「私はどちらにも肩入れしていないわ。公平なジャッジを心掛けて・・・だから触らないで!」
 先程までは手の甲が当たっていた美鈴の手が、あからさまにバストを掴んでくる。
「あら、私の勝利を奪った貴女に、軽い罰を与えてるんじゃない。光栄に思いなさい」
「なにが罰よ! 人の胸を触らない!」
 志乃も美鈴の手を払おうとするが、美鈴の力が強くなかなか振り払えない。
「いいかげんに、しろっ!」
 我慢の限界にきた志乃は美鈴の胴に手を回し、ノーザンライトスープレックスで後方へ投げ飛ばす。この投げで後頭部をリングで強打した美鈴は、意識を失ってしまう。
「レフェリーへのセクハラにより、茨木美鈴選手を反則負けとします!」

<カンカンカン!>

 志乃が美鈴の反則負けを取り、試合終了を告げる。これには観客席から不満の声が上がる。
「いやぁ、ありがとうございますレフェリー。お蔭で助かったっスよ」
 突然尾代が後ろから志乃に抱きつき、あまつさえバストを揉んでくる。
「ど、どこ触ってるの! 放しなさい!」
「感謝のハグっスよ、そんなに邪険にせんでください」
 志乃の拒否など何処吹く風と、尾代は志乃のバストを揉み続ける。
「放せって、言ってるでしょうが!」
 思い切り足の甲を踏んづけてやるが、それでも尾代は志乃から離れようとはしない。
「自分、痛みには強いっスよ〜。ま、金的はさすがにきついっスけど」
(そういうことなら!)
 志乃は自分のバストを揉んでいた尾代の右腕を肘で跳ね上げ、一本背負いで投げ飛ばす。
「もう試合は終わったんだから、これで失礼させて貰うわ」
 踵を返した志乃だったが、その前に立ち塞がる者がいた。
「あら、人にあれだけのことをしておいてもうお帰り?」
 失神から覚めた美鈴だった。
「くっ!」
 再び方向転換したが、そのときにはもう尾代も立ち上がっていた。
「これからが本番っスよレフェリー。どこ行こうとしてるんスか?」
 その表情を見るに、投げのダメージは感じられない。痛みに強いというのは本当らしい。
「美鈴さん、ここは協力しましょう」
 尾代の申し出に、美鈴が顔を顰める。
「私、男って嫌いなの。それに貴方、私の胸を触ったでしょう?」
「まあそう言わないで。美鈴さんの指示に従うっスから」
「そう? 私の奴隷になるってことね。そういうことなら今回は手伝わせてあげるわ」
「・・・奴隷っスか。まあ、この場だけってことならそれでいいっス」
 話が纏まった美鈴と尾代が、じりじりと距離を詰めてくる。
「もう試合は終わり、早くリングを降りなさい」
 それでもレフェリーとして指示を出す志乃だったが、美鈴も尾代も動きを止めなかった。
「なに言ってるんスか、これからが本番って言った筈っスよ?」
 そう言った尾代がにやっと笑う。
(もしかして、最初からこのつもりで・・・)
 そうだと考えれば、レフェリーとは思えない衣装、美鈴の乱暴な抗議、尾代のセクハラなどがなぜ行われたのか納得できる。
(一対二のこの状況、まともにやっても勝ち目は薄い。なら・・・)
 素早く身を翻し、リングから逃げようとした志乃だったが、
「おっと!」
 尾代に右手首を掴まれる。
「っ!」
 その手を振り払ったときには、美鈴がすぐ背後にいた。
「そう簡単に逃げられると思った?」
 そのまま胴を抱えられ、ジャーマンスープレックスのような投げでリングに叩きつけられる。
「ぐっ!」
 反射的に受身を取ったが、それでもダメージは免れなかった。
「はいはい、いつまでも寝てないで。立って頂戴」
 美鈴が志乃の髪を掴んで無理やり立たせ、尾代に羽交い絞めにさせる。
「そぉらっ!」
「えぐっ!」
 美鈴のボディブローを受け、志乃の動きが止まる。
「ほーら志乃ちゃん、脱ぎ脱ぎしましょうね〜」
 美鈴は身動きできない志乃の上着の裾を捲り上げ、淀みなく脱がしてしまう。露わになった志乃のブラは、凝った装飾の大人っぽいものだった。
「あら、色っぽいブラしてるのね。さすが大人の志乃ちゃんだわ」
 美鈴の手がわざとブラの上を這い、志乃の羞恥を煽る。
「レ、レフェリーにこんなことするなんて・・・許されることじゃ、ないわよ」
「許されることじゃない、ですって? ここをどこだと思ってるのかしらね」
 美鈴は志乃のバストをあやすように撫でながら、妖艶な笑みを浮かべる。
「リングの上ではレフェリーに敬意を払う、プロレスでは当然のことよ!」
「あら、ここは<地下闘艶場>よ? プロレスのリングじゃないのに、レフェリーに敬意を払うなんてありえないわ」
 真紅のマニキュアが塗られた美鈴の人差し指が、志乃の胸の谷間をゆっくりと下りていく。鳩尾、臍を通り、下腹部も通過して股間に達する。
「くぅっ」
 ミニスカートの下に潜り込んだ美鈴の指が蠢く。
「わかって貰えたかしら、志乃レフェリー? ここの観客はね、こういうことを望んでるの」
「ど、どんなリングだろうと、レフェリーに・・・手を上げては、駄目よ!」
 美鈴から与えられる甘い刺激を堪え、志乃は気丈にも美鈴を説得しようとする。
「あらあら、ご高説は結構だけど、自分の立場がまだわかっていないみたいね」
 美鈴の手が志乃の背後に回ったかと見えると、ブラの圧力が低下する。
「え、今のってまさか・・・」
「ええ、こういうこと」
 ブラのホックを外した美鈴が、ブラと乳房に生じた隙間から指を差し込む。
「どうかしら、気持ちよくなってもらえてるかしら?」
「や、やめなさい!」
 刺激を少しでも逃そうと暴れる志乃だったが、尾代の拘束は解けなかった。
「美鈴さん、お楽しみのとこ悪いんスけど・・・」
「ええ、悪いわ」
 尾代の呼びかけをあっさりとぶった切り、美鈴は志乃の乳房を揉み続ける。
「そう言わずにお願いしますよ、そろそろブラジャー取ってもらえないっスか?」
「・・・そうねぇ、そろそろお客様にも志乃レフェリーのおっぱい、見せてあげましょうか」
 美鈴が顔だけ観客席に向けると、雄叫びが起こる。
「やめなさい! 私はレフェリーで・・・」
「聞こえないわね」
 一度乳房から手を放した美鈴が、志乃のブラを掴んで上方にずらす。
「ふふっ、ほぉら、乳首が見えたわよ」
 乳房の頂点で息づく志乃の乳首に、観客席も沸く。
「ほぉら、これで志乃ちゃんのセミヌード完成よ!・・・っ!」
 ブラを取られた隙に尾代の手を振り払い、漸く羽交い絞めから抜け出す。しかし上着に続いてブラも取られ、とうとう上半身には何も着けていないセミヌード姿にされてしまう。
「うっは、上半身だけすっぽんぽん! 色っぽいっスね!」
「あら、まだ足りないわよ。私にあれだけのことをしたんだから、一糸纏わぬ姿になって貰わなきゃ」
 羞恥に頬を染め、胸元を隠す志乃を余所に、尾代と美鈴は勝手な会話を交わす。交わしながらも志乃の前後に位置取りし、逃亡を防ぐ。
(どうしよう・・・このままじゃまずい、でもどうすればいいのか・・・)
 乳房を隠したまま迷う志乃の背後から、尾代のタックルが決まる。
「しまった!」
「おっと、逃がさないっスよ!」
 尾代は思い切り志乃の脚を引き、リングに倒す。
「くっ」
「駄目よ逃げちゃ」
 美鈴は志乃を仰向けにし、押さえ込む。尾代も志乃の脚を押さえ、動きを封じる。
「ほら、志乃ちゃんの腕押さえておくから、おっぱい触りなさい」
「美鈴さん・・・ゴチになるっス!」
 尾代は一度頭を下げると、志乃の乳房を鷲掴みにする。
「うっわ、目茶苦茶柔らかいっス! これは堪んないっスね!」
 志乃の乳房を直接揉んだ尾代は、その感触に涎を垂らしそうな顔になる。
「私に感謝しなさい。奴隷にご褒美を上げるなんて、滅多にないんだから」
 美鈴の言葉に機械的に頷きながら、尾代は志乃の乳房を揉み続ける。
「やめなさい! こんなこと・・・んんっ!」
「男だったらやめられないっスよ。それが美人さんのおっぱいだったら尚更っス!」
 志乃の乳房を揉むことに没頭する尾代だったが、美鈴が冷たく声を掛ける。
「ちょっと、いつまで揉んでるのよ。次はスカートを脱がしなさい」
「・・・もう少し揉みたかったっス」
 尾代は渋々乳房から手を離し、志乃のミニスカートのファスナーを下ろし、一気にずり下ろす。
「っ!」
 その瞬間、志乃が尾代を蹴り飛ばし、美鈴にも蹴りを放って手を放させる。
「全く、もうちょっと慎重にしなさいよ。志乃ちゃんに逃げられちゃったじゃない」
「面目ないっス」
「でも・・・うふふ、あと一枚ね」
 ミニスカートも奪われた志乃は、とうとうパンティ一枚の姿にされてしまった。
「やっぱり脱がしちゃうんっスか?」
「当然じゃない。その上でたっぷりと玩んであげるわ」
 舌舐めずりする美鈴に、志乃が低音で呼びかける。
「・・・もう一度だけ訊くわ。レフェリーに敬意を払う気はないの?」
「敬意は払うわよ。敬意を払って、全裸にした後イカせてあ・げ・る・わ」
 このふざけた口調に、志乃の眉が跳ね上がった。
「・・・いいかげんに、しろやぁっ!」
 我慢に我慢を重ねた志乃が、遂に切れた。美鈴に突進すると同時に、腹部に蹴りを叩き込む。
「なにしてるんスか!」
 尾代の伸ばされた右手を手繰ることで体勢を崩し、背後を取る。そのまま首に腕を巻きつけ、スリーパーホールドに捕らえて容赦なく締め上げる。
「おらぁっ!」
 しかも振り回すことで回転も加え、一気に締め落とす。
「・・・ふん!」
 脱力した尾代の体を場外に放り投げ、美鈴を見据える。
「よくまぁ人の身体を弄くり回してくれたもんだ。お前もすっぽんぽんにしてやろうか? あ?」
 現役時代を髣髴とさせる口調そのままで、肢体を隠すことなく美鈴に詰め寄る。
「あらあら、地が出たわね志乃ちゃん。でもいいのよ、生意気な女を調教するのも私大好きだから」
 腹部を押さえた美鈴が笑みを浮かべ、ゆっくりと立ち上がる。
「調教だぁ? やれるもんならやってみろやぁっ!」
 荒い言葉と共に右ストレートを放つ。しかし美鈴の脇の下に抱え込まれ、極められる。
「ちぃっ!」
 ならばと左手で殴りかかるが、同様に美鈴の右脇に抱えられる。
「ほぉら、このままだと腕が折れ・・・」
「だらぁっ!」
 腕の痛みなど気にも留めず、志乃が頭突きを叩き込む。これには美鈴も志乃の両手を放し、後退する。
「わ、私の顔に一撃入れるなんて・・・! 絶対許さないわよ!」
 鼻血が垂れる顔を押さえ、美鈴が憤怒の形相になる。
「けっ、許さねぇのはこっちだってぇの。わかってねぇな!」
 志乃が拳を振り上げ突進する。
(バカの一つ覚えみたいに殴ってくるなんて・・・!?)
 今度は投げ飛ばそうと身構えた美鈴の股間に、志乃の脛が激突する。
「あが・・・ぐふぅ・・・」
「そら・・・よぉっ!」
 前のめりになった美鈴の首を抱え込み、DDTでリングに突き刺す。しかしそれで終わらず、美鈴の上体を引き起こしてスリーパーホールドに極める。
 美鈴の抵抗が徐々に止み、ぐったりと脱力しても志乃は絞め上げるのをやめなかった。慌てて黒服達が飛び込んで美鈴から引き離し、志乃を無理やり退場させていく。
 半裸の美女の狂乱ファイトに、場内は静まり返っていた。



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