【第八十八話 岸森風梨:我流拳法】

 犠牲者の名は「岸森(きしもり)風梨(ふうり)」。22歳。身長173cm、B87(Dカップ)・W62・H91。伸ばしっ放しの髪は顔の上半分を覆い、切れ長の目、高い鼻という美貌を隠してしまっている。普段は穏やかな性格だが、キレたときの暴れぶりは凄まじく、仲間内からは名前をもじって「フーリガン」と呼ばれている。
 大学を卒業した今は自主映画の作成を目指し、バイトで資金を貯める毎日を送っている。その美貌と秘めた実力に、<地下闘艶場>が目をつけたのは必然だったのかもしれない。


「衣装って・・・これ?」
 風梨は手に取った衣装を何度か引っくり返し、丹念に調べる。
「そうです。これを着て頂くことは契約にも・・・」
「いやぁ、よくできてるね、これ。欲しいわ〜。持って帰ってもいい?」
「え、ええ。良ければお持ち帰りください」
「ホント!? ラッキー!」
 予期せぬ反応に女性黒服も困惑気味だったが、風梨はそんなことにも気づかず、嬉々として衣装を抱き締めた。

 ガウン姿の風梨が花道に姿を現すと、観客から発せられる熱気が出迎えてくれる。淫欲の混じった熱気だったが、風梨は気にも留めず、平常の足取りで進んでいく。
「あ、そういうこと」
 リングで待つ男性選手を見て、風梨は軽く頷いた。高額なファイトマネーを約束されているのだ。何らかの裏はあると思っていたから、相手が男性選手でも驚きはしなかった。
(女が相手だと、引っ掻かれたり噛みつかれたりである意味大変だし)
 一人うんうんと頷き、風梨はリングへの階段を登った。

「赤コーナー、『ブリザード』、コンテ・大倉!」
 風梨の対戦相手はプロレスラーのコンテ・大倉(おおくら)だった。飛び抜けた実力はないが、立ち回りが上手く、<地下闘艶場>で数多くの試合をこなしている。
「青コーナー、『フーリガン』、岸森風梨!」
 自分の名前がコールされ、風梨は教えられたとおりにガウンを脱いだ。その下から現れたのは、映画から抜け出したような女海賊の衣装だった。内側はワイシャツだが、ラフなデザインの上着とズボンは赤を基調とした派手な彩色で、袖と襟元にはふわりとした飾りが付けられている。襟は大きく開けられ、コルセットで押し上げられた胸の谷間が深く見えている。両手には手袋に似せたオープンフィンガーグローブが嵌められている。そして頭にはつばの大きな羽つき帽子。長身の風梨に良く似合っていた。
 観客席から飛ばされる歓声と指笛に、風梨は羽つき帽子を振ることで応えて見せた。

「それじゃ、ボディチェックを受けて貰おうか」
 大倉のボディチェックをさっさと終えたレフェリーが、いきなり右手を開閉する。
「こらこらお兄さん、胸触らないように」
 伸ばされたレフェリーの手をぺしりと叩き、風梨が一歩下がる。
「ボディチェックだからな、触らないとわからないだろ?」
「でもね、胸に触るってのは」
「ボディチェックを受けないと、反則負けにするぞ」
「あ、そ。それならそれでもいいわ。それじゃ」
 あっさりと踵を返した風梨にレフェリーが慌てる。
「ま、待て待て、試合をしないと違約金が・・・」
「ああ、あれ? あんなお金払えるわけないでしょ。貧乏フリーターなんだから、私」
「だったら、ボディチェックをだな」
「だからぁ、触られたくないんだってば」
 二人の会話は平行線のまま、まるで噛み合わない。やがて観客席から不満の声が漏れ始める。舌打ちしたレフェリーは一度風梨を睨み、ゴングの合図を出した。

<カーン!>

「我が侭な女だな」
「当然のことを言ったまでだけど?」
 大倉の挑発的な言葉に、風梨は軽く返す。
「まあいいさ、そういう女のほうがこっちも楽しめる」
「ファイトですよ大倉さん! いいとこ見せてくださいよ!」
 リング下から叫んだのは、よく大倉とタッグを組む早矢仕(はやし)杜丸(とまる)だった。
「黙ってろヘタレ」
「あ、折角応援してるのに。酷いですよ大倉さん」
 口を尖らす早矢仕など見向きもせず、大倉は風梨との間合いを測る。対する風梨は両手を小刻みに動かし、上半身を軽く前後に揺する。
 と、大倉が一気にタックルに出る。風梨の胴を狙ったタックルだったが、風梨の体へ届く前に、大倉は背中からリングに落とされていた。
「ちっ!」
 大倉は舌打ちしながら転がって距離を取る。
(今のは合気道か? 手首掴まれただけで投げられたぞ)
 立ち上がりかけた大倉だったが、すぐに前転でその場を逃れる。
「上手く避けるわね」
 風梨の飛び蹴りだった。恐ろしいほどの鋭さで、受け止めようなどとは思えず、反射的に避けていた。
「次はどうかしらっ!?」
 再び短い助走から蹴りを放とうとした風梨が、突然前方に倒れ込む。
「危ないとこでしたね大倉さん。感謝は焼肉奢りでいいですよ」
 風梨の足を引っ掛けて邪魔をしたのは、リング下に居た筈の早矢仕だった。
「痛いわね・・・何のつもりよ!」
 顔を顰めて立ち上がった風梨が、鋭くなった視線で早矢仕を睨む。
「いや、あの、これは・・・」
 途端に早矢仕の声が小さくなり、冷や汗を流す。
「おい、セコンドに手を出すなよ」
「手を出すな? そのセコンド様が最初にちょっかいかけてきたでしょうが!」
 レフェリーの制止に風梨はきつい視線を突き刺す。
「そ、それでも、セコンドへの攻撃は禁止だ!」
 怯んだレフェリーだったが、歯を食いしばって風梨を制止する。その行為で風梨の視線が更に鋭さを増す。
「おっぱいターッチ!」
 間抜けな叫びと共に、風梨のバストが後ろから鷲掴みにされていた。
「どこ触って・・・っ!」
 意識が逸れたそのとき、胸元に衝撃がきた。踏ん張れずにリングに倒れ込む。
 大倉のラリアートだった。風梨だけでなく、早矢仕も吹っ飛ばされていた。
「いってって・・・酷いですよ大倉さん」
「うるさいぞヘタレのくせに。ほら、手伝え」
「アイアイサー!」
 途端に元気になった早矢仕が風梨の足を、大倉が腕を押さえ込む。
「よし、しっかり押さえてろよ。今からボディチェックを始めるからな」
 厭らしい感情を抑えようともせず、レフェリーが風梨に圧し掛かる。
「ちょっと! なにして・・・」
「うるさい、レフェリーの仕事だ。ボディチェックだよ」
 ボディチェックといいつつ、レフェリーは風梨のバストを掴み、両手の指を蠢かせる。
「レフェリーならちゃんと反則を取りなさいよ! セコンドがリングに上がる、これは反則でしょ!?」
「いいんだよ、ボディチェック中だからな」
「上がったのはセクハラボディチェックの前でしょうが!」
「うるさいな、細かいことはいいんだよ。ボディチェックが大事なんだから」
 風梨の抗議にも取り合わず、レフェリーは風梨のバストを揉み続ける。
「レフェリー、そろそろ俺も触っていいっしょ?」
「駄目だ、ボディチェックの最中だからな」
 早矢仕のせっつきをあっさりと退け、レフェリーは風梨のバストから手を離さない。
「いつまでセクハラしてんのよ! 反則は取らなくていいから、闘わせて!」
「セクハラじゃなくてボディチェックだ。いいかげん理解しろ」
 風梨の言葉にも取り合わず、レフェリーはバストを捏ね回す。その手がようやく離れた。
「よし、次はこっちだな」
 レフェリーは風梨のズボンのボタンを外し、そこから突っ込んで秘部を撫で回す。
「こらぁ! いくらなんでもそこは駄目でしょ!」
「ボディチェックだと言っただろ、こここそきちんと調べなきゃいけないんだよ」
「なら、俺はこっちを調べてやるか」
 レフェリーが手を離したバストには大倉が手を伸ばし、ゆっくりと揉み込む。
「レフェリー、そろそろ俺の番・・・」
「黙れヘタレ、もうちょっと待ってろ」
 早矢仕の恨むような視線もレフェリーには通じず、お預けを食らう。
「あんたら! いいかげんに厭らしいことやめなよ!」
 風梨が如何に力を振り絞ろうとも、大の男三人を弾き飛ばしはできない。その間にもバストは揉まれ、秘部は弄られ続ける。
「レフェリー・・・」
「うるさいな、もうちょっとだけ待て」
 早矢仕の言葉を途中で遮り、レフェリーは風梨の秘部を弄り続ける。
「・・・あーっ、もう我慢できない! おっぱいチェーック!」
「あ、おい!」
 早矢仕はバストを揉んでいた大倉にも構わず、風梨の衣装の胸元を掴むと、思い切り左右に開く。その勢いでレフェリーの手も弾いてしまうが、早矢仕の目は胸の谷間に釘付けになる。
「おっぱいは凄いのに、なんだ、地味目なブラ・・・はぶっ!」
 突然奇声を上げた早矢仕が動きを止める。風梨は早矢仕を蹴り飛ばすと、そのまま大倉の頭部に膝蹴りを叩き込む。
「よくも・・・よくもお気に入りの衣装を破ったね」
 早矢仕の股間を蹴って脱出した風梨は、呻く早矢仕の股間をもう一度踏みつける。蛙の潰れたような声を出した早矢仕は、脂汗を流して悶絶する。
「いってぇ・・・このアマぁ」
 ようやく立ち上がった大倉だったが、風梨のトーキックに上半身を折る。
「痛いのは私の心よ!」
 風梨は上から大倉の首に右腕を回して抱え込む。フロントスリーパーに捕らえたまま、左足を跳ね上げる。大倉の顔面を捕らえた蹴りは一発では終わらず、二度、三度と顔面を襲う。その威力は半端ではなく、大倉の鼻からは幾筋もの血が流れる。
「ほあたっ!」
 怪鳥音を上げた風梨の左足が、またも大倉の顔面を捉える。
「ふんっ!」
 風梨は大倉をロープに振ると自らもロープに走り、反動を使って加速する。その左足がリングを蹴った。
 曲げた両膝を腹部まで引きつけながら、風梨が高く舞う。一気に伸ばされた風梨の右足が、加速した勢いをつけて大倉の顔面へと突き刺さる。
 大倉は受身も取れずにリングに倒れ込んだ。その鼻穴からは血が勢いよく溢れ、体は細かく痙攣している。それを見たレフェリーは慌てて試合を止めた。

<カンカンカン!>

「さぁてぇ・・・」
 ブラを剥き出しにしたままの風梨の冷たい瞳が、股間の痛みに蹲っている早矢仕へと向けられる。足音高く詰め寄ると、容赦ない顔面への蹴りで仰向かせる。
「痛い痛い! 酷いよ風梨ちゃぼほっ!」
 喚く早矢仕の腹の上に腰掛けた風梨が指を鳴らす。そのまま早矢仕の顔を殴り始める。鈍い音がするほど強く、何度も。
「ギブギブ! 謝るからやめてやめて! ぶぎゃぁっ!」
 早矢仕の泣き声にも耳を貸さず、風梨はマウントポジションからパウンドを落とし続ける。
「悪い子だ悪い子だ悪い子だ」
「ごめんなさあぶっ! ごべんださ・・・ぴぎっ!」
 早矢仕が何度謝ろうとも、風梨の拳は無慈悲に落とされる。
「き、岸森選手、それくらいで許してやったらどう」
「うっさい」
 恐る恐る声を掛けようとしたレフェリーだったが、風梨はそちらを見もせずに裏拳を叩き込む。鼻血を噴き出しながら倒れたレフェリーなど気にも留めず、風梨は早矢仕を殴り続ける。
 結局、黒服がリングに上がって風梨を止めるまで、風梨は早矢仕を殴るのを止めなかった。長身美女が見せた冷酷さに、会場の空気も冷え込んでいた。


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