【第八章 ピュアフォックスの初詣!】

 正月元旦、プロレス同好会のメンバーは中央駅南西に位置する美蝶坂神社へと集合していた。こよりは実家に帰省しており、今回は参加していない。

「鳥咲さんは振袖なんですな。いや、新鮮ですぞ」

 香夏子のピンク色の振袖を身に着けた姿に、男性陣は視線を奪われていた。長い髪を結い上げ、うなじが露わになっていることが健康な色気を醸し出し、普段とは違う香夏子の姿は女性らしさを感じさせる。

「馬子にも衣装どころじゃないな。鳥咲、似合ってるぜ」

「うふふっ、ありがと。小峯くんはどう? 似合ってるかな?」

 香夏子は袖を持ち、くるりと回って見せる。

「……うん、似合ってるよ。香夏子さん、着物が凄く似合ってる」

「……ありがとう」

 香夏子の振袖姿を見ていた遥が口を尖らせる。

「ちぇー、私も着物着たかったな。でも、着物って胸が苦しくなるんだよね」

「黙れデカ乳。嫌味よ、それ」

 香夏子は遥をじろりと一瞥するが、男性陣は香夏子の一言でなぜか黙り込む。

「さ、早くお参り行こうよ」

 それに気づかず、遥はメンバーを引き連れて参道を進んだ。


 人ごみの中を進み本殿までくると、メンバーたちは揃ってお賽銭を投げ入れ、柏手を打つ。

「絶対に、プロレスラーになれますように!」

「遥……願いごとは黙ってしなさいよ」

 遥の大きな声での願いごとに、周囲から忍び笑いが起こる。いたたまれなくなった香夏子は、自分の願いごとを終えるとすぐに遥の手を引いて本殿から離れた。

「まったく、毎年同じ願いごとじゃない。たまには違うことお願いしなよ。素敵な彼氏が欲しい、とかさ」

「あ、そっか。今年はプロレス同好会が部活に昇格しますように、ってお願いすればよかったね」

「……それもどうなのよ」

 親友の将来が心配になった香夏子だった。


「初詣と言えばおみくじだよな。引いてみようぜ」

 浩太の誘いに、メンバーは揃っておみくじを引いた。

「小吉か……」

「末吉ですぞ」

「あ、僕大吉!」

「私は中吉だった。遥は?」

 香夏子の呼び掛けに振り向いた遥の表情は、なぜかどんよりとしたものだった。

「は、遥……?」

「……キョウ」

「え?」

「凶、って書いてる……」

「うそ、でしょ?」

 さすがに信じ難い香夏子の目の前に、遥がのろのろと自分のおみくじを上げる。

「……ホントだ」

「うわー、マジであるんだな、凶なんて」

「初めて見ましたぞ」

「逆に凄いよね」

 好き勝手なことを言うメンバーに遥が怒る。

「皆言いたい放題言って! もういいよ!」

「そう怒るなよ。こういうときはお払いして厄を祓ってもらおうぜ、遥」

 遥の肩に手を置いたのは浩太だった。

「浩太……優しいね」

 思わず目を潤ませ浩太を見る遥だったが、

「なんで笑ってんのよーっ!」

 その表情にぶち切れた。

「悪い悪い、つい面白くて……ぐぼっ! は、腹はやめろ!」

「逃げるな浩太! 天誅!」

 逃げ出した浩太を追い、遥も駆け出す。呆気に取られた他の三人は、そのまま取り残された。


「あの二人は放っておいて、おみくじを木に結びましょう。ああ、小峯君は大吉ですから財布に入れておいてもいいですぞ」

 気を取り直し、長身の木ノ上はおみくじをたたんで神木に結びつける。それに習っておみくじを木に結ぼうとする香夏子だったが、慣れない振袖と高い枝のため、中々結ぶことができない。

「僕が結ぶよ」

 見かねた小峯が香夏子からおみくじを預かり、神木に結ぶ。

「あ、ありがとう」

「どういたしまして」

 にこりと笑う小峯の笑顔が眩しく、香夏子は目を逸らせてしまう。

(駄目だな、私。これくらいで照れちゃうなんて)

 しかし、おみくじの恋愛運には「自分から動くが吉」とあった。

(今日は無理でも、次にはきっと……)

 そう決心した香夏子だったが、また明日、また明日と先延ばしにしてしまい、結局告白までは行き着かないのだった。


「えっ? あれってまさか!?」

 浩太を追いかけていた遥が突然、方向転換して走り出す。

「っと、おい遥! どうした!」

 浩太の呼びかけにも気づかずに人ごみを掻き分け、目的の人物へと突き進む。

「ってぇ!」

「んだコラァ!」

「ごめん、急いでるから!」

 謝罪の言葉だけを置き、先を急ぐ。

「待ってください! 待って!」

 距離が縮まらず、必死に呼びかける遥だったが、初詣の人出に遮られて中々前に進めない。

「おい遥、なに焦って……」

 後方からの浩太の声に、周囲を見回しながら遥が返す。

「美緒さんがいたの! 栗原美緒さんが!」

 それは、インターハイのレスリングで三連覇を果たすという活躍をした美貌の高校生の名だった。遥は美緒の大ファンであり、見間違えるはずもない。

(こんなところで美緒さんとニアミスなんて! でも……!)

 革製のブルゾンとジーンズを身に着けたその憧れの存在も、人混みに紛れてしまっている。それでも諦めきれずに前進を続ける。

「……美緒さん……」

 神社の石段を降りきった広場で辺りを見回すが、もうどこに行ったのかわからない。

(こんな偶然、もうないかもしれないのに……)

 消沈した遥の肩がそっと叩かれる。

「……浩太」

「駄目だったか」

 浩太の確認に、遥はこくりと頷く。

「残念だったな。でもよ、ここに初詣に来たってことは、この近くに住んでるか、実家が近くだってことじゃないか? またチャンスがあるって」

「……そう、だね」

 小さく頷く遥に、浩太が追い打ちを掛ける。

「やっぱり、おみくじが凶だったからだな。大吉だったら追いつけてたかもな」

「うるさいなぁ!」

 むくれた遥が浩太を睨む。

「待てコラァッ!」

 突然、二人の前に男が立ち塞がった。

「やっと追いついたぜ、オイ。ニイちゃんネエちゃん、ヒト突き飛ばしといてそのままか!」

 遥たちの前に現れたのは、一見してヤンキーとわかる金髪の男だった。その後ろに仲間と思しき連中も並ぶ。遥と浩太が人ごみの間を進んだときにぶつかったらしい。

「そんなつもりはなかったんだけどな。ごめんなさい、これでいい? じゃ、仲直りの握手」

 遥が左手をヤンキーに差し出す。

「……舐めてんのか!」

 その手を払おうとしたヤンキーの手を掴み、無理やり握手する。

「ほら、握手♪」

 そのまま力を込めていく。

「ぐがぁぁぁ……!」

 すり潰されるような痛みと共にミシミシと骨が軋み、ヤンキーの口から苦鳴が零れた。

「実空くんになにやってんだ! やめろ!」

 殴りかかってくる仲間は浩太が関節技に捕らえた。

「正月から面倒くさいな。やるか?」

「乱暴だね。でも、やっちゃおうか!」

 美緒と直接会うことができなかった遥は獰猛な笑みを浮かべると、実空と呼ばれた男の顎をその場飛びの膝蹴りで打ち抜く。実空はそのまま膝から崩れ落ちた。

「や、やんのか!」

「覚悟しろやコラァッ!」

 口々に叫びながら殴りかかってくる男たちだったが、遥と浩太は男たちを殴り、投げ、蹴り飛ばし、人数差をものともせずに戦闘能力を奪っていく。五分もかからず、ヤンキー全員が地面の上に転がっていた。

「さて、逃げるぞ」

「アイアイサー! あ、でも香夏子たちどうしよう」

「携帯で連絡しとけ。このまま解散しようぜ」

 既に走り出している浩太は、素早く指示を出して速度を上げる。

「今日はこより先生が帰省してて助かったね」

 それにあっさりと追いつき、胸を撫でおろす。

「まったくだ、一緒にいたら停学ものだったからな」

 二人は走りながら笑い、美蝶坂神社を後にした。


 後日、置いてけぼりの理由を知られた遥(と浩太)は、香夏子からこっぴどく叱られたのだった。



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