【二回戦第六試合】
 (天現寺久遠 対 ジル・ジークムント・ヴァグナー)

「これより、二回戦第六試合を行います!」
 黒服の合図と共に、二人の選手がリングへと上がる。
「赤コーナー、『闘う歌姫』、天現寺久遠!」
「天現寺久遠」。17歳。身長166cm、B87(Eカップ)・W60・H90。鋭い眼差し、すらりと通った鼻梁、太い眉、肩の長さでぶつ切りにされた髪、縛られることを嫌う野性的な美貌。普段はバイトをしながらストリートライブを行っている。
 一回戦では小四郎と対戦し、見事な勝利を挙げている。今日はチェックの綿製シャツと綿パンという格好だった。
「青コーナー、『シュバルツ・リッター』、ジル・ジークムント・ヴァグナー!」
 コールされたジルに対し、観客席からは大きな歓声が送られた。一回戦で優勝候補の一角と見られていたクリスティーナ・ローゼンメイヤーに完勝しただけでなく、辱めたことで多くの観客を味方に付けていた。歓声を向けられた当の本人はまるで反応を見せず、久遠を見つめたままだ。今日も長い黒髪を首の後ろで束ね、スーツ姿でリングに佇んでいる。
 この試合のレフェリーはいつもの小悪党面の男だった。ジルにおざなりなボディチェックを行い、久遠に睨まれてボディチェックを諦める。仕方なく、レフェリーは仏頂面でゴングを要請した。

<カーン!>

「・・・ちっ」
 ゴングが鳴らされたというのに、久遠は前に出ることができなかった。まるでジルとの間に物理的な障壁があるかのようだった。
(こいつはヤバイぜ。さっさと逃げ出したいくらいにね)
 久遠の「喧嘩師」としての本能が、ジルと闘うことへの警鐘を鳴らす。しかしリングに上がった以上それもできず、ジルの周囲を回るだけに終始する。この久遠の行動に、観客席からは容赦ないブーイングが浴びせられる。
「来ないのなら、こちらから行こう」
 静かに佇んでいたジルが動いた。否、動こうとした瞬間、久遠が先に動いていた。
「うおらっ!」
 これが「喧嘩師」久遠だった。機を正確に読んで相手の機先を制し、絶妙な間で仕掛ける。
 しかし、ジルには通じなかった。鳩尾を狙ったパンチはジルに捕まり、変形の小内刈りで宙を舞っていた。
「ちぃっ!」
 腕を引き抜きながらジルの脚を蹴り、無理やり脱出する。
「ふむ。見事だ」
 久遠の身体能力に、ジルが感嘆の声を洩らす。
「見事な反射神経。だが、それだけだ」
「偉そうに言ってんじゃねぇ!」
 誉めの言葉かと思いきや、ジルのそれは嘲りだった。久遠は拳を振りかぶり、突進する。
「単純だな」
 久遠の怒りの攻撃に合わせて構えるジルだったが、久遠の狙いはパンチではなかった。わざと大袈裟に振りかぶった拳ではなく、ミドルキックをぶち込む。
「ふっ」
 しかし、ジルは惑わされなかった。久遠の蹴りの勢いを殺しながら、左脚をがっちりと抱え込む。
「クソがっ!」
 久遠の右足が跳ね上がり、ジルの股間へと吸い込まれる。否、そう見えた次の瞬間、久遠の体が宙を舞い、背中からリングに叩きつけられる。
「うっぐぅ!」
 受身を取ろうとしたものの、完全には取りきれなかった。呻く久遠をジルが無理やり立たせる。
「さて、何度耐えられるかな?」
 再びの投げで久遠の体が浮き、すぐにリングに落ちる。
「ぐあっ!」
 悶える間もなく立たされ、顔を覗き込まれる。
「三度目」
 足を刈られたかと思ったときには背中に衝撃が奔る。
「はっぐ・・・えぐぅ・・・」
「まだ行けそうだな」
 呻く久遠を立たせ、ジルがまたも投げを打つ。
 四度目の投げを受け、遂に久遠も動くことができなくなった。
「ここまでか」
 冷たく呟いたジルがフォールに入る。
「ワン、ツー、・・・スリーッ!」

<カンカンカン!>

 レフェリーの手がリングを三回叩くと、試合終了のゴングが鳴った。否、新たなる淫劇の始まりが告げられた。
「それでは、目も眩む快楽を与えてやろう」
 ジルの手が久遠の上着に掛かる。次の瞬間、上着は音高く破かれていた。
「な、なにして・・・やがる・・・」
「服の上よりは、直接触ったほうが快楽が増しやすいのでね」
 ジルはブラまで素早くずらし、久遠の乳房を揉み始めた。
「さ、触るな・・・」
 もがく久遠だったが、ジルの指が乳首に掛かった瞬間だった。
「んぁっ!?」
 電気が奔ったようだった。乳首からの刺激が脳の官能中枢を疼かせる。
「感じやすい乳首のようだな」
 ジルが乳首を転がすと、忽ち硬さを湛えて立ち上がる。
(嘘だ! こんなに簡単に感じてたまるか!)
 自らの感じ方を一番信じられないのは久遠本人だった。まだうまく動かせない体でもがこうとしても、ジルの手が動くたびに快感で体が跳ねてしまう。
(う、嘘だ・・・っ!?)
「ひぅぁっ!」
 いきなり下着の上から淫核を押さえられ、叫び声を洩らしていた。下手に動くと淫核が刺激されるため、ジルの責めをただ耐えるしかできなかった。
「まだまだ開発されていないようだな。では、これはどうだ?」
「あひぃぃっ!」
 ジルの指が下着の中に潜り込み、直接秘裂に振動を与えてくる。
「や、やめ、ろぉ・・・!」
 ジルの胸板を押す久遠だったが、与えられる快感にすぐに力が抜ける。久遠の儚い抵抗など気にも留めず、ジルは久遠の快楽を引き出していく。
 レフェリーは止めるどころか、久遠の嬲られる姿を嬉しげに見つめるだけだった。

 久遠の公開陵辱の場となったリングに、いきなり飛び込んできた影があった。
「久遠!」
 メイクを落とし、素顔となったジョーカー、否、河井丈だった。
「貴様、久遠から離れろ!」
 ジルに怒りを叩きつけた丈を、ジルと久遠が見遣る。
「・・・丈」
 丈の名を呼んだ久遠の顎がジルに掴まれ、無理やりジルを向かされる。
「っ!」
 次の瞬間、ジルと久遠の唇が重なっていた。
「・・・やめろっ!」
 久遠は力を振り絞り、ジルを押し離した。
「・・・何をしてるんだ!」
 信じたくない光景に固まっていた丈が叫んだ。眼前で恋人の唇を奪われる。これ以上の屈辱はなかった。
「見てわからないか?」
 ジルはまたも久遠を捕え、再び唇を奪う。
「貴様ぁぁぁっ!」
 丈は咆哮と同時に突進していた。普段のファイトスタイルは欠片もない猪突だった。
「ふん」
 ジルは久遠を突き飛ばし、丈を迎え撃った。丈の突き伸ばされた手刀を手首を掴んで止め、と同時に腹部へ肘を叩き込んでいた。
「ぐぶふっ!」
 内臓が貫かれたような痛みに、丈の口から苦鳴が洩れる。
 しかしそれだけでは終わらず、ジルが瞬時に一本背負いに入る。否、一本背負いなら背中から落とすが、ジルは丈を垂直に落としていた。左手一本では満足な受身も取れず、丈は頭部からリングに叩きつけられ、投げ一発で戦闘力を奪われていた。その身体が小さく痙攣を起こし、口から血液交じりの涎が零れる。
「てめぇ・・・よくも丈を!」
 怒りが原動力となったか、横たわっていた久遠がジルに突っ込んだ。しかし、次の瞬間にはジルの投げでリングに叩きつけられていた。またも背中を強打させられ、呻き声しか出せない。
 久遠を投げたジルは丈に歩み寄り、冷たく見下ろした。
「男を嬲る趣味はないのでね。邪魔をした罪は死で贖って貰う」
 ジルは丈の首を片手で掴み、高く吊り上げる。丈の頚骨がミシミシと鳴り、顔が赤黒く変色していく。レフェリーはただ青い顔で立ち尽くすだけだった。
「さて」
 ジルの目がコーナーポストの裏にある鉄柱に向き、丈を吊り上げたままそこに近寄る。ジルの狙いに気づいた観客の中には悲鳴を上げる者も居た。
 ジルが丈を更に掲げ、頭部を鉄柱に叩きつけようとしたそのときだった。
「それくらいにしときな、色男」
 丈にとどめを刺そうとしたジルを制止したのは、右目に眼帯を掛けたスーツ姿の男だった。陽気な殺気を振り撒きながら、ジルの間合いぎりぎりに立っている。
「次はお前が相手か?」
「おいおい、儂も居るんだがね」
 いつの間にリングに上がったのか、ジルの背後に先程試合を終えたばかりの元橋堅城が立っていた。
「・・・ふん」
 ジルは丈の体を放り出し、難敵二人に備える。
「どうせ次の組み合わせは儂とお前さんだ。決着はそのときでいいんじゃないかの?」
「今ここで二人同時でも、私は一向に構わないのだが」
 ジルから高密度の殺気が放出される。
「おいおい、ここでやり合われちゃ困るんだよ。お客さんの楽しみを奪う気かい?」
 それでも眼帯の男はまるで緊張を見せず、元橋も気負いを見せない。
 この一触即発の状況を収めたのは、リング下にドレス姿で現れた魔少女だった。
「ジル」
 短いカミラの呼び掛けに、ジルから殺気が消えた。
「トーナメントを壊すような無粋な真似はやめなさい。私と貴方が決勝に残れば良いことでしょう?」
「フロイラインの仰せのままに」
 ジルはリング下のカミラに向かって深々と一礼すると、もうリング内に興味を失ったかのように主の下に参じた。
「お騒がせしましたわね。では、御機嫌よう」
 カミラはスカートを摘んで悠然と優雅に一礼すると、ジルを従え花道を下がっていった。気品と威厳を纏ったその姿は、まるで女王の退出だった。
「元橋さん。次の試合、アレに勝てるかい?」
「勝つつもりではおるがな」
 眼帯の男の問いかけに、元橋ほどの達人がはっきりとした答えを返さなかった。眼帯の男もそれ以上は訊かず、医療班を呼び込む。
 痛みに呻く丈と、丈の名前をうわ言のように呟く久遠は、担架に乗せられての退場となった。ジルの底知れぬ実力を見せつけられた観客は、声を発することもできなかった。


 二回戦第六試合勝者 ジル・ジークムント・ヴァグナー
  三回戦進出決定


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